抄録
【はじめに、目的】 一つの骨格筋は筋外膜に覆われており、複数の骨格筋はさらに筋外の結合組織(以下、筋膜とする)によりまとめられている。我々は膝伸筋の筋長とその発生張力との間の関係について in vivo の実験を行っており、前回の本大会において膝伸筋と他筋とを連結させている筋膜は膝伸筋の筋力を効率よく出力させる働きがあり、身体パフォーマンスにとって重要な役割を担っていることを報告した。そこで、本研究ではその筋膜が膝伸筋に及ぼす作用について調べるために実験を行った。【方法】 実験には19匹のウシガエル(Rana catesbeiana)(体長:124 ± 6 mm)の膝伸筋である大腿三頭筋(ヒトの大腿四頭筋にあたり大腿直筋および内・外側広筋の3筋からなる)の内・外側広筋を標本として用いた。ウレタンを用いて腹腔内投与により麻酔した後、坐骨神経を尾骨部分から露出させ、さらに大腿部を覆っている筋膜をできるだけ温存しながら内・外側広筋の支配神経分枝だけを残して、他筋への分枝をすべて切断した。カエルを実験バスに固定し、大腿三頭筋腱に取り付けたフックを張力計に固定をした。適宜標本の筋長を変えて十分な強度の電気刺激(60 Hz, 0.5 s)を坐骨神経に与え、そのときに発生した等尺性強縮張力をオシロスコープにて記録した。同時に高速度CCDカメラで撮影し、張力発生時の筋長を画像処理解析ソフト(デジモ、大阪)を用いて解析した。実験は、(1)筋膜を温存した条件(以下、連結条件)(N=7)、(2)大腿三頭筋とハムストリングスの間の筋膜を切離した条件(以下、切離条件)(N=7)、(3)切離条件に加えて大腿直筋も切離し内・外側広筋のみ(以下、単離条件)(N=5)にした3条件で行い、それぞれの長さ‐張力関係を比較し検討した。張力データは各標本の最大張力、そして筋長データは大腿骨長(大腿骨頭-膝関節面)でそれぞれ除して正規化した。実験中はSpO2を確認しながら呼吸管理を行った。実験はすべて20 ± 0.5 ºCの温度条件下で行った。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究に際して、事前に本学の動物実験委員会の承認(許可番号:H22-07号)を得た後、実験動物に苦痛を与えないようにして実験を行った。【結果】 内・外側広筋の長さ-張力関係の収縮張力は、3条件ともに筋長が約0.72 - 1.05の範囲内で測定された。収縮張力曲線は上行脚、至適範囲(最大張力が持続する範囲)、下行脚から構成されており、静止張力曲線は、緩やかに発生する初期相、その後に増加率が増大する漸増相の2相に分けられた。(1)連結条件の上行脚は、筋長約0.73から発生し急速に増加し至適範囲(約0.84 - 0.88)に達した後に下行脚になった。静止張力は、初期相は見られず漸増相が約0.82から出現した。(2)切離条件の上行脚は、約0.72から緩やかに発生し約0.75から増加率が増大して至適範囲(約0.86 - 0.89)に達した後に下行脚になった。静止張力は初期相(約0.79 - 0.85)の後に漸増相になった。(3)単離条件では、上行脚は約0.73より緩やかに発生し約0.78から増加率が増大、一旦その増加率がわずかに減少するが約0.85で再び増加率が増大した。至適範囲(約0.91 - 0.93)に至った後に下行脚になった。静止張力は、初期相(約0.80 - 0.92)の後に漸増相になった。また、生体内の潜在的な筋長範囲(股関節屈曲・膝関節伸展-股関節伸展・膝関節屈曲)は約0.73 - 0.84であった。【考察】 本研究で標本として用いた内・外側広筋の2筋は大きな羽状角をもつ羽状筋である。それらが大腿直筋およびハムストリングスと筋膜を介して連結をしている。腱に伝わる羽状筋の収縮張力の大きさは、羽状角および筋線維長の相互関係で決まる。本研究では、他筋との筋膜連結の程度を変えた3条件により実験を行った。その結果、生体内の潜在的な筋長範囲は連結条件の上行脚とほぼ一致したが、他筋との筋膜連結が少なくなるほど、上行脚は筋長がより長い方へ移動した。また、静止張力の初期相も筋膜連結の程度が少なくなるにしたがって大きくなった。これらの実験結果は、筋膜連結が少なくなるにしたがって筋伸張が主に羽状角変化に作用したために生じたと考えられる。言い換えると、筋膜は羽状筋の伸張に対する羽状角変化を抑制し、羽状筋の筋長変化を効率よく筋線維長変化に作用することを示唆している。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は、筋膜連結の機能的役割の1つを示した基礎的な事実であり、理学療法臨床場面で考察する上で基礎となるものと考える。