理学療法学Supplement
Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
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難度の異なる上肢随意運動後における対側上肢脊髄神経機能の興奮性の変化
嘉戸 直樹伊藤 正憲藤原 聡鈴木 俊明
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キーワード: F波, 脊髄神経機能, 随意運動
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p. Ab1062

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抄録
【目的】 我々は、これまで正確性や複雑性の異なる随意運動が遠隔部へ及ぼす影響について検討してきた。第46回日本理学療法学術大会では、上肢運動課題の困難度の違いが対側上肢脊髄神経機能の興奮性に及ぼす影響について検討し、困難度の高い上肢の随意運動時には対側上肢脊髄神経機能の興奮性が増加することを報告した。そこで、今回は難度の異なる上肢随意運動の実施前後における対側上肢脊髄神経機能の興奮性の変化について誘発筋電図のF波を用いて検討した。【方法】 対象は整形外科学的および神経学的に異常を認めない右利きの健常成人20名(平均年齢26.6±4.0歳)とした。検査姿勢は椅子座位とし、両股関節を屈曲90°、両膝関節を屈曲90°、両足関節、右肩関節、右肘関節、右手関節を中間位で保持し、検査を通して左上肢以外の身体を動かさないよう指示した。F波は、Viking Quest(Nicolet)を用いて、運動課題前と運動課題後の安静時に右短母指外転筋より導出した。F波導出の刺激条件は、強度をM波が最大となる刺激強度の120%、頻度を0.5Hz、持続時間を0.2msとして、右手関節部正中神経を連続30回刺激した。刺激電極は、一般的な運動神経伝導速度検査で使用する2極の表面刺激電極を用い、陰極を中枢側に、陽極をその末梢側に配置した。記録条件として、探査電極は右短母指外転筋の筋腹上、基準電極は母指基節骨上に配置し、接地電極は前腕部に配置した。運動課題は、左手でボールペンを持ち、机の上に置いた2個の目標間を反復する1分間の移動運動とした。運動の頻度は1Hzとし、20cm間隔で配置した2つの目標の中にペン先が正確につくよう実施した。運動課題の難度を変化させるため、目標の標的幅は3種類の異なる条件で設定した。課題1では幅5cm×長さ15cm、課題2では幅0.5cm×長さ15cm、課題3では幅0.25cm×長さ15cmの目標を設定した。F波の分析項目は、振幅F/M比とF波潜時とした。振幅F/M比は、F波の頂点間振幅の平均とM波の最大振幅との比から算出した。F波潜時は、記録されたF波の平均潜時を算出した。統計処理には対応のあるt検定を用いて、各課題実施前後の振幅F/M比とF波潜時を比較した。なお、有意水準は危険率1%未満とした。【説明と同意】 対象者には本研究の主旨に加え、実験データは厳重に保管すること、研究への参加協力は拒否できること、研究途中での拒否も可能なことを十分に説明し、同意が得られた場合には研究同意書にサインを得た。【結果】 右短母指外転筋の振幅F/M比は、課題2実施前に比べ課題2実施後で有意に増加したが、課題1と課題3では有意差を認めなかった。F波潜時は、全ての課題において有意差は認めなかった。【考察】 F波は、運動神経軸索の末梢部での刺激によるα運動ニューロンの逆行性興奮に由来すると考えられており、脊髄運動ニューロンプールの興奮性や、より上位の神経機能の検査として応用されている。結果より課題2実施前に比べ課題2実施後には、右短母指外転筋に対応する脊髄神経機能の興奮性が増加することが示唆された。PETを用いた研究では、課題難度が高くなるにつれて同側の運動関連領野を含む複雑な運動の計画に関連する領域の活動が増加すると報告されている。また、TMSを用いた研究では、課題後にMEP振幅は増大もしくは減弱するといった報告があり、これら結果の違いは課題の質に依存すると考えられている。本研究においても、課題1に比べ難度の高い課題2実施後に右上肢脊髄神経機能の興奮性が増加するのに対し、最も難度の高い課題3実施後に変化はみられなかった。課題2実施後において右上肢脊髄神経機能の興奮性が増加する傾向を示した要因としては、左上肢の随意運動にともなう上位中枢からの促通効果が残存すると考えた。これに対し、課題3実施後に右上肢脊髄神経機能の興奮性が変化しなかった要因としては、精密な運動制御や注意に依存した上位中枢からの促通効果に加えて抑制効果の影響が推測された。【理学療法学研究としての意義】 理学療法を行う際に、上肢の随意運動の質的な変化が対側の上肢脊髄神経機構へ及ぼす影響について把握することは重要である。しかしながら、遠隔部への促通効果や抑制効果は視覚的に捉えることができないため神経生理学的な知見を得る必要がある。本研究より、上肢の随意運動後には、運動の難度に依存した促通効果や抑制効果により対側上肢脊髄神経機能の興奮性が変化する可能性に配慮する必要がある。
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© 2012 公益社団法人 日本理学療法士協会
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