抄録
【目的】 転倒による受傷について先行文献では平衡機能、筋力など心身状態に関わるものをその内的因子として挙げている。また、転倒方向としては側方への転倒が骨折の原因となりやすいとする文献も認める。これらを統合すると、歩行時または外乱時の片脚立位における重心動揺制御能力が転倒と大きく関わっていると考えられ、その能力には、特に側方への立脚側支持の基礎となる筋力が不可欠であると言える。片脚立位における遊脚側下肢の運動は立脚側支持性の下に成り立っており、今回、片脚立位で遊脚側の外転筋力を測定することで立脚側支持性を推定できると考え、これと片脚立位での重心動揺の関係を明らかにすることを目的として研究を行うこととした。【方法】 22歳から43歳の骨関節疾患を有さない健常成人13名(男性8名、女性5名)を対象に、左右片脚立位での遊脚側股関節外転筋力(以下遊脚外転筋力)と背臥位での左右の股関節外転筋力(以下背臥位外転筋力)、右片脚立位での重心動揺を測定した。遊脚外転筋力および背臥位外転筋力はその平均値をトルク換算し、体重で除した値(以下それぞれ遊脚外転値、背臥位外転値)として使用し、重心動揺測定で得られた総軌跡長および平衡機能を反映するとされる重心動揺面積(外周面積、矩形面積、実効値面積)との間の相関関係を検討した。統計処理にはスピアマンの順位相関係数を用い、危険率5%未満を有意水準とした。筋力測定には等尺性筋力計μTas―F1(アニマ社)、重心動揺計測にはGRAVICODER GS3000(アニマ社)を使用した。【説明と同意】 被験者全員に研究内容、データの使用などについて説明し、同意を得た上で研究を行った。【結果】 統計処理の結果、遊脚外転値と右片脚立位の各重心動揺データ(以下1)総軌跡長、2)外周面積、3)矩形面積、4)実効値面積)との間には一様の傾向はあるものの相関関係はほぼ認められなかった(それぞれr=1)-0.24、2)-0.36、3)-0.29、4)-0.11)。これに対し、左遊脚外転値と右片脚立位における各重心動揺データとの間にはr=1)-0.42、2)-0.65、3)-0.35、4)-0.57と外周面積、実効値面積で比較的強い負の相関が得られる結果となった(いずれもP<0.05)。左右の背臥位外転値と右片脚立位における各重心動揺データの間にはいずれも相関関係はなく、遊脚外転値と背臥位外転値でも左右いずれの組み合わせにも相関関係は認めなかった。【考察】 当初、遊脚外転筋力が強ければ、立脚側となっている下肢での片脚立位重心動揺は安定し、重心動揺面積が狭くなると考え研究に取り組んだ。今回の研究結果から左遊脚外転値と右片脚立位重心動揺外周面積、実効値面積の間に比較的強い負の相関があり、予測通りの結果となったと言える。この結果は遊脚側外転値が反対側である立脚側下肢支持性に依存しており、その値が高いほど立脚側での重心動揺制御が優れていることを示していると考えられる。重心動揺面積のうち特に外周面積と実効値面積は、平衡機能の指標として利用されることが多く、矩形面積は突発的な重心動揺を顕著に示すとされ、静的要素が強い今回研究では重心動揺面積の中でも外周面積と実効値面積に期待される結果が表れたものと思われる。背臥位外転筋力については、立脚側の重心動揺制御には股関節外転筋力が必要という考えから、同側の片脚立位重心動揺との関係が強く、加えて立脚側支持性に依存するであろう対側の遊脚外転筋力との関係も強いであろうと予測した。しかし、結果は背臥位外転値と重心動揺、遊脚側外転値はいずれも相関関係が得られず、予測とは異なる結果となった。これは、今回の研究での立脚側支持性が股関節外転筋力にのみ依存するものではないことを示していると考えられる。【理学療法学研究としての意義】 今回の結果は、遊脚側に重垂負荷を行い立脚側の筋活動を見た市橋らの研究と同様の結果を表しており、立位における下肢支持性の強化訓練方法の再考に役立つと考えられる。また、立脚側支持性の根拠が外転筋力だけではないことが示されたことにより、個別筋への筋力増強についても再考する必要性があることを提示するものとなった。この研究を礎に、転倒受傷を繰り返す高齢者に対する理学療法を再転倒予防の観点から改めて検討していくことができればと考える。