抄録
【はじめに、目的】 投球動作による肩関節後方関節包拘縮と肩関節投球障害の関連が数多く報告されてきた。最近では、超音波画像診断装置を用いて野球選手の肩関節後方関節包厚を測定し、関節包厚と肩関節内旋可動域との間の関連性が報告された。しかしながら、肩関節後方関節包厚計測に関する詳細な方法や、計測された関節包が関節窩のどの位置かは述べられておらず、in vivoにおける肩関節後方関節包肥厚部位は明らかにされていない。我々は、投球側の肩関節後方関節包厚は、後下方において特に肥厚しているという仮説を立てた。本研究の目的は、野球選手の投球側および非投球側において、関節窩上の異なる位置での後方関節包厚を測定し、野球選手における肩関節後方関節包厚の特徴を明らかにすることである。【方法】 対象は肩関節に疼痛のないレクリエーションレベルの野球選手9名とし、投球側および非投球側を検査肢とした。我々は先行研究として、成人男女の肩関節前後像およびscapula Y-viewから肩甲骨上角‐下角間距離のうち、関節窩がどの位置にあるのかを算出した。試作した治具を用いて、肩関節後方関節包の3つの異なる位置(posterior、posteroinferior、inferiorと定義)での関節包厚を計測した。これらの方法は、超音波画像診断装置の操作経験があれば、検者内における十分な再現性を認めている。超音波画像診断装置は、esaote社製MyLab 25を使用し、B-mode、10‐12MHzにて撮影を行った。測定肢位は、端坐位、上肢下垂位、肩関節最大内旋位とした。各部位での関節包厚計測は3回施行し、その平均値を解析に使用した。各測定部位の投球側と非投球側との間での差の検定には、対応のあるt検定を使用した。投球側における測定部位間での差の検定には、一元配置分散分析と事後検定としてBonferroni法を使用した。異なる位置の関節包間での関連を調べるため、ピアソンの相関係数を算出した。統計解析にはSPSSを使用し、有意水準は0.05とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究を行うにあたり、北海道大学大学院保健科学研究院倫理委員会の承諾を得た上で、各被験者には実験内容を十分に説明し、実験参加に対する同意が得られれば、同意書に記名していただいた。【結果】 投球側での肩関節後方関節包厚は、posterior、posteroinferior、inferiorで、それぞれ1.29±0.84[SD]mm、1.26±0.07mm、1.31±0.07mmであった。非投球側での肩関節後方関節包厚は、posterior、posteroinferior、inferiorで、それぞれ1.12±0.07mm、1.14±0.06mm、1.14±0.08mmであった。すべての測定位置において、投球側と非投球側との間で有意差を認めた(posterior、posteroinferior、inferiorで、それぞれP=.000、 .005、 .000)。投球側においてはposteroinferiorとinferiorとの間で有意差があった(P<.05)。各測定部位間の関連性は、投球側では、posteroinferior がposterior(r=.77, P=.016)とinferior(r=.86, P=.003)において有意な相関を認めたが、他の測定部位では相関が見られなかった。非投球側ではすべての測定部位間で相関は認められなかった。【考察】 我々は、超音波画像診断装置を用いて、野球選手の異なる位置での肩関節後方関節包厚を測定し、その特徴を明らかにした。我々の仮説は支持されなかった。すべての測定位置で、投球側の後方関節包厚は非投球側よりも厚かった。また投球側でのみ、隣接する肩関節後方関節包間での正の相関関係を認めた。これは、投球による影響は、後方関節包の一部位ではなく、後方関節包全体に影響を与えている可能性を示唆する。投球動作によって肩関節後方関節包全体が肥厚し硬化することで、前方および上方への上腕骨頭並進移動が促され、肩関節投球障害が発生するのかもしれない。我々は、信頼性の高い方法を用いたが、関節包は薄い組織であり、超音波での計測値の妥当性の検討が必須である。加えて、今後はサンプル数を増やすとともに、可動域との関連等についても検討していく。【理学療法学研究としての意義】 野球選手の投球側肩関節後方関節包厚の特徴を明らかにした。本研究は、野球肩の病因解明の一助となる可能性がある。また野球肩の治療の際には、肩関節後方関節包全体の伸長が必要であることを示唆する。