抄録
【はじめに、目的】 成長期に起こる野球肘には、内側上顆裂離、上腕骨小頭離断性骨軟骨炎、肘頭骨端線離開などがある。これらの原因は、投球時の後期コッキングから加速期における肘関節外反伸展ストレス(Valgus extension overload)が加わることが原因であると推察されている。しかし、内側と同時に外側や後方の障害を合併する症例は比較的少なく、またそれらを詳細に調査した報告はない。 本研究では、野球肘患者を対象に、障害部位、年齢、初診から治癒までの期間を検討し、成長期の野球肘の実態を解析した。【方法】 2010年10月~2011年7月の間に主なスポーツ活動として野球を行っている青少年で肘関節部の疼痛を主訴に来院した患者で投球禁止と理学療法による保存的治療を行い、4ヶ月以上の追跡が可能であった者を対象とした。対象症例は101例(男性99例、女性2例)、年齢は6~22歳(平均11.2±2.6歳)であった。これらの患者に対して、圧痛部位、外反ストレステスト、X線所見、当院受診から治癒までの期間について検討した。X線所見は、正面像、側面像、肘関節45°屈曲位正面像の3方向撮影にて、上腕骨内側上顆、外側上顆、上腕骨小頭、肘頭における病変を解析した。精査が必要な症例に対してはMRI検査も併用した。これらを基に診断された野球肘患者を、障害部位別に内側型(内上顆裂離,内上顆骨硬化,内側側副靭帯(MCL)損傷、屈筋回内筋損傷)、外側型(上腕骨小頭離断性骨軟骨炎)、後方型(肘骨端線離開,肘頭骨棘形成)に分類した。【倫理的配慮、説明と同意】 当院倫理委員会の承認と対象者には研究の主旨について説明を行い、同意を得た。【結果】 内側型98例(98.0%)、外側型4例(4.0%)、後方型1例(1.0%)で、内側に傷害を持つ患者が極めて多かった。内側型98例の内訳は、内側上顆裂離73例(6~14歳、平均10.6±1.5歳)で最も多く、屈筋回内筋損傷14例(7~22歳、平均12.3±4.2歳)、内上顆骨硬化7例(8~16歳、平均10.7±2.7歳)、MCL損傷4例(12~21歳、平均16.8±3.8歳)があった。外側型は4例で全例上腕骨小頭離断性骨軟骨炎(10~16歳、平均12.3±2.9歳)であった。後方型は1例で骨端線閉鎖不全(14歳)であった。保存的治療により、肘関節の疼痛が消失し、X線上においても治癒に至ったと判断された症例は、内側上顆裂離の症例では、73例中48例(6ヶ月以内に治癒と判断された例が39例、それ以上を要して治癒と判断された例が9例)であった。残りの25例は治癒途中であると判断された。内側上顆骨硬化は7例すべてが治癒していた(平均8.3±4.2週)。屈筋回内筋損傷は14例中13例が治癒し(平均8.7±8.3週)、MCL損傷は4例中2例が治癒し(平均44±59.4週)ていた。すなわち、内側型の84.3%は約4~6ヵ月間の投球禁止と保存治療で治癒していた。外側型である離断性軟骨炎では、4例中2例に保存的治療が奏功した。しかし、治療期間(平均108±50.8週)は長期を要した。また、保存的治療が無効であった2例は更なる外科的加療を要した。後方型(肘頭骨端線離開)は、13週で治癒していた。【考察】 本研究により、骨端線が残存している成長期の野球肘では非常に高い割合で内側上顆裂離を呈した例が存在していることが明らかとなった。高原らは、内側上顆裂離の治療には、約4~5ヵ月間の投球禁止および保存的治療が必要であると報告している。本研究において、内側型に関しては、約6ヵ月間の投球禁止とリハビリテーションによって、84.3%が治癒と判断され、野球に復帰できていた。従って、内上顆裂離を含めた内側型の野球肘では、約4~6ヶ月間の投球禁止と保存的治療が適切であると推察された。また、外側型である上腕骨小頭離断性軟骨炎は内上顆裂離などの内側型よりやや年齢が高く、両病態を合併している者は100例中3例と極めて少なかった。従って、投球動作における外反伸展ストレスが肘関節の内側および外側の両方に同時に影響を与えるのか、あるいは、年齢や筋力によって傷害の出現部位が異なるのか今後検討を行いたい。【理学療法学研究としての意義】 野球を主なスポーツ活動として行う骨端線未閉鎖の成長期青少年では、肘関節の内側上顆裂離が高頻度で起こっていた。また、内側上顆裂離は約4~6ヵ月の投球禁止と保存的治療によって85%程度の症例が野球復帰することができた。これらの点を考慮して、今後は、野球肘の病型ごとの治療プログラムや野球肘予防プログラムの開発に取り組みたい。