抄録
【はじめに、目的】 投球動作において後期コッキング期から加速期にかけて肩関節は最大外旋に達するため、投球障害において疼痛の訴えの多い位相である。この位相で投球障害を呈する症例においては、動作中の肩最大外旋角(Maximum External Rotation以下MER)を抑制することで投球障害を予防できるのではないかと考える。しかし投球動作は高速度であるため部分的な運動コントロールは困難である。しかし、投球動作は一回の動作で完結する運動であるため、その前の位相の動作の影響を受ける。つまり後期コッキングでのMERをコントロールするためには、比較的低速度での運動となる早期コッキング期での動作修正が治療上の鍵になると思われる。そこで投球障害を呈した症例の早期コッキング期における肩関節肢位を分析し、投球側肩関節肢位の違いがMERにどのように影響しているか検討したので報告する。【方法】 対象は投球動作により投球側肩・肘関節に障害を有し、投球動作観察が可能であった132例である(全て男性、平均年齢15.1歳±2.02)。方法は全ての症例について投球側・非投球側の肩内外旋可動域を座位にて肩甲骨を固定し肩90°外転位で他動的に測定した。MERについては座位にて肩90°外転位で測定したが、肩甲骨、胸郭、脊柱の運動は規定せず測定した。次に症例のシャドー・ピッチを側方よりデジタルビデオカメラで撮影した。撮影した画像をスロー再生し、早期コッキング期でのトップ・ポジションで手背面が確認できるものを内旋群(以下IR群)、その他のものを外旋群(以下ER群)の2群に分類した。そしてIR群とER群の投球側・非投球側の外旋、内旋、MERの差について、また各群における内外旋可動域とMERの関係について検討した。統計学的分析として対応のないt検定を用い、投球側肩内外旋とMERの関係についてピアソン相関係数を用い検定した。なお有意水準は1%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 全症例に対し研究の趣旨と、また不利益にならないことを十分に説明し同意を得た上で測定を行った。【結果】 ER群、IR群ともに投球側の肩外旋・MERは有意に増大し、内旋角は減少していた。投球側肩外旋角はER群で96.3°、IR群で106.5°、内旋角はER群で47.8°、IR群で41.1°と有意差を認めた。投球側MERについてはER群121.7°、IR群128.9°と有意差を認めたが、非投球側MERではER群116.1°、IR群117.1°と差を認めなかった。各群間での肩内外旋角とMERの関係は、ER群では相関は認められなかったが、IR群において外旋とMERでは正の相関(r=0.738)、内旋とMERでは負の相関(r=0.774)が認められた。【考察】 本研究の結果からIR群では外旋角、MERともにER群に比べ可動域が有意に増大していた。外旋角の増大は肩前方部に伸張と捻じれのストレスを加え、また早期コッキング期で内旋位挙上し、後期コッキング期において急激に外旋方向に運動転換することによって関節唇や腱板へのストレスも増大する。今回の症例で投球時に肩関節前方に疼痛を訴えた者は99例(75%)であり、後期コッキング期から加速期にかけて疼痛が発生していた。肩最大外旋角についても、肩甲骨の運動が含まれるものの投球動作における肩甲上腕関節の寄与率を考慮すると、やはり肩前方部に大きなストレスが加わることは明らかである。投球時の肩外旋角の増大は遠位部への影響も大きいと思われる。今回の症例で肘関節症状を呈した者は132例中86例(65.1%)で内側に疼痛があった者が79例であった。86例のうちIR群は75例(87.2%)、ER群は11例(12.8%)であり、外旋角の増大は肘関節にも影響することが推察される。このような動作を繰り返すことにより肩前方臼蓋関節唇は損傷され、前方関節包にも緩みが惹起する。その結果肩関節の不安定性増し、腱板疎部損傷・上腕二頭筋腱炎の肩関節前方部の障害を起こす要因となる。あわせて外旋角・MERの増大した投球動作では肘関節の外反角も増大し、内側型野球肘の発生にも繋がると考える。【理学療法学研究としての意義】 動作中の肢位により動的場面での可動域のみならず、静的場面での可動域にも変化を認めることが示唆された。開始肢位や低速度場面での肢位の違いにより関節構成体へのストレスが変化し、これを考慮すれば治療また障害予防の一つの手がかりになりうると考える。