抄録
【目的】 本研究の目的は本人が気づきにくい微少な身体不活動を簡便な評価法を用いながら、片麻痺のある高齢2型糖尿病患者の血管機能に対して何週間で影響を発現させるかを明らかにすることである。これまで片麻痺のある高齢2型糖尿病患者において血管合併症を予防するために、詳細な身体活動量が脈波伝搬速度に及ぼす影響についてRCTによる効果が報告されているが、切実なニーズとして、避難所などの高齢者や障害者において安静を強いた場合に許容される簡便な評価で可能な臨床評価指標として単純に不活動の時間がどの位で悪影響が生じるのかという問いに応えるエビデンスが乏しい。そこで、我々は1時間ごとに24時間分の行動を記録する表を用いて身体不活動時間の総和を単純に求めた。先行研究で報告されている17時間を基準に上回る場合と下回るケースに分け、エコノミークラス症候群と関連性が高いとされるPPG静脈逆流値が悪化するまでの発現期間を調べた。【方法】 対象者は高齢者施設のデイサービス利用者で発症から5年以上経過し、研究同意の得られた片麻痺のある高齢の2型糖尿病患者とした。参加者募集条件として身の周りのことは自分でできていること、かつ、自ら運動プログラムに参加することが1年以上ないこととしてポスターと口頭でリクルートした。26人を登録した。平均年齢は73±8歳、平均体重は51.6 ±10.3kg、平均身長:156 ±6cm、平均HbA1cは6.5±2.8%(JDS、NGSP-0.4)だった。栄養状態は良好で、カロリー摂取量は平均1600kcalであった。歩行は自立し、2名がT字杖とSLBを使用していた。全員、BRSは上下肢とも3以上であった。研究デザインはクロスオーバーRCTとした。暴露群、13人のグループ(IG)には、3ヶ月間、積極的な注意をしないことで2METs以下の身体活動が17時間以上になる状態に置いた。対照群(CG) 13人は運動プログラムへの参加を促して17時間以上の不活動時間が生じないように指示、監視した。PPG静脈逆流機能(VRT)は4週間ごとに測定した。VRTは、光電脈波法(HEDECOHV100S)を用いて、5秒間の足部底背屈運動によるミルキングで一過性虚血状態を作り、ベースラインに戻るまでの静脈還流回復時間を測定した。統計分析は3ヶ月にわたる4週間ごとのIGとCGのVRTの平均値の差をt検定で検討した(SPSS v16)。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言を遵守した説明を行い、同意を得た。研究実施にあたって学内倫理員会の承認を得た。【結果】 26人の参加者のうち24名が初期の指導条件を遂行した。1名は中止、1名は離脱した。解析はITTに従った。4週間経過時点異常発生率はCGが15%であり、IGでは76%を示し、有意なoddsの差を示した(p<0.05)。群間のVRTの差は、4週経過時点において生じた(p=.029)。VRTは、開始時CG34+-11 秒(平均+-SD)、IG30+-15秒 、4週間経過時点、CG42+-10秒、IG29+-14 秒、8週間経過時点、CG40+-11 秒、IG28+-15 秒、12週経過時点、CG39+-11 秒、IG27+-15秒であった。【考察】 VRTの正常範囲は30秒から60秒にあり、17時間以上の身体不活動の影響は高齢で片麻痺を伴う2型糖尿病患者ではVRTは4週間経過時点で悪化すると考えられる。静脈逆流機能は、自律神経支配が及ばない制御を受けるため、血流による血管内壁のずり応力の程度によってNO産出が生じることで、血管の拡張が生じると考えられている。したがって、この身体不活動は静脈血流のずり応力の発生に乏しい加速性の欠如が長期間働いた結果を表していると思われる。PWVの変化が生じる時間より短い期間でVRTが変化することは、静脈血管における内皮細胞の機能は血管病変を生じた糖尿病患者であっても、コントロールが良好であれば感度は低下しても、動脈の血管硬度よりも反応性があることを示すと考えられる。この維持された機能が、さらに微小な身体活動等によって改善する可能性について、さらに検討する必要がある。【理学療法学研究としての意義】 生活習慣病のある高齢者や障害者における理学療法のテーマとして身体不活動を強いられる場合に許容される安全限界を血管機能の悪化開始の時間に注目して明らかにする実装性を意識した方法を示している点と、まだ解明されていない身体不活動の及ぼす静脈血管機能への機序に示唆を与える現象を臨床疫学的に示している点に、社会貢献を含めた理学療法学研究の基盤形成に意義があると考えられる。