抄録
【はじめに、目的】 Timed Up & Go Test(以下TUG)は、下肢筋力、バランス能力との関連性が高くかつ簡便に実施が可能であるため、臨床で多く用いられている評価法の1つである。血液透析患者(以下HD患者)においても、理学療法の効果判定にしていることが多く、身体能力の指標としても用いられている。なかでも、糖尿病性HD患者においては、下肢筋力やバランス能力のみならず糖尿病合併症や足部変形といった複合的な機能障害をきたしており、様々な要因によってTUGに影響を及ぼすと考えられる。そこで今回、糖尿病性HD患者に対して、TUGをアウトカムとしてその関連性を調べ、糖尿病性HD患者におけるTUGの有用性を検討した。【方法】 対象は、糖尿病性HD患者24名(男性14名、女性10名、年齢65.4±12.3歳、体重63.4±13.9kg、身長161.4±7.5cm)とした。除外基準は、担当医師から対象外と判断した者,日常生活に著しい制限を有する者,重篤な循環器・呼吸器疾患を有する者とした。評価項目として、(1)下肢筋力(等尺性膝伸展筋力、等尺性足背屈筋力)、(2)バランス能力(Functional Reach Test(以下FRT))、(3)透析状態(透析歴、透析効率、標準化蛋白異化率)、(4)糖尿病合併症(末梢神経障害、網膜症)、(5)足部機能(アーチ高率)とした。(1)下肢筋力:ハンドヘルドダイナモメーターμTas-F1を用いた。山崎らの方法に準じ坐位にて膝関節屈曲90°位における等尺性膝伸展筋力を計測した。また、加藤らの方法に準じ長坐位にて足関節底屈20度位における等尺性足背屈筋力を計測した。左右2回行い、左右の平均値を求め、体重で除した値(Nm/kg)を採用した(以下膝伸展筋力、足背屈筋力)。(2)FRT:上肢を90°屈曲した肢位を開始肢位とし、安楽に前方・水平に上肢を出来るだけ遠くまで伸ばし、開始肢位から最大前方移動における第3指末節骨遠位端の間の距離を2回計測し、最大値を採用した。(3)透析状態:生化学検査から測定日の直近のものを診療記録より後方視的に調査した。(4)合併症:末梢神経障害の有無については、糖尿病性多発神経障害の簡易診断基準に準じて判断した。網膜症の有無については、診療記録より後方視的に調査した。(5)アーチ高率:三次元足型自動計測機を用いて計測した。舟状骨粗面にマーカーを貼り、足長に対する割合で示した。また、交絡因子として、被検者属性因子(年齢、身長、体重)を計測した。統計学的解析では、重回帰分析を用い、変数選択法はステップワイズ法により行った。また、交絡因子を分析モデルに強制投入し調整を行った。なお、事前に単変量解析によって変数選択を行い、有意水準が0.20を下回る変数のみを重回帰モデルに投入し分析を行った。統計ソフトは、SPSS student Version 16.0を使用した。【倫理的配慮、説明と同意】 すべての対象者に、本研究の趣旨および目的を口頭にて説明を実施した。同意が得られた者は、同意書に署名を頂いたうえで検査および調査を実施した。【結果】 単変量解析によって抽出された変数は、透析効率、FRT、右アーチ高率、左アーチ高率、膝伸展筋力、足背屈筋力であった。重回帰分析の結果(p<0.05,R2=0.286)、TUGを説明する変数は、膝伸展筋力(p<0.05,β=-0.534)であった。交絡因子を投入後の重回帰分析の結果(p<0,001,R2=0.734)、足背屈筋力(p<0.031,β=-0.38)、右アーチ高率(p<0.041,β=-0.36)が抽出され、それ以外に交絡因子である年齢(p<0.001,β=0.662)が有意であった。【考察】 糖尿病性HD患者において、TUGに要する時間が短い患者は、膝伸展筋力・足背屈筋力が強く、右アーチ高率が高値であること、そして年齢が低い、という特徴を有していることが明らかとなった。アーチ高率は、足趾把持筋力と相関があることが報告されており、起立・着座や方向転換といった動的姿勢制御が必要なTUGにおいて、下肢筋力のみならず足部アライメントの評価も重要であると考えられた。よって、糖尿病性HD患者におけるTUGは、糖尿病合併症や透析状態には反映されず、下肢筋力や足部機能によって反映される事が示唆された。【理学療法学研究としての意義】 様々な機能障害を有している糖尿病性HD患者のTUGの有用性について検討した。移動能力を示すTUGにとって下肢筋力は不可欠であり、足部アライメントの重要性が示唆された。まさに筋力強化、アライメント評価は理学療法の範疇であり、TUGが、糖尿病性HD患者の移動能力や足部機能の有用な指標であることを明らかにした本研究は意義があると考える。