抄録
【はじめに、目的】 がん罹患率および死亡率の増加は,社会的な問題となっている。そして,がん患者が抱える最も多い症状の一つに,がんに伴う倦怠感(Cancer-Related Fatigue, CRF)がある。CRFは多くの患者の日常生活活動を低下させ,結果的にQOLの低下を招く。最新のコクランデータベースの報告によれば,CRFに対し,運動介入が効果的であるとされている。しかし,介入方法や対象について決定的な介入方法の検討に至っておらず,CRFに対する理学療法は確立していない。本研究は,CRFの原因の一つに挙げられる,特徴的な筋代謝に注目した。特徴的な筋代謝とは,解糖系が優位となり,ATP集積が低下する点,タンパク合成が低下する点にある。特徴的な筋代謝を考慮すると,酸化的リン酸化を促し,LT以下の比較的低い運動強度での介入方が妥当であると考えられた。以上の理由により,本研究の目的は,低強度での運動の介入がCRFの改善に効果的であることを明らかにすることである。そして,検討する手法として,RCTを対象としたシステマティック・レビューおよびメタ・アナリシスを行う。【方法】 データベースとして,Pub Med,Medline,PEDro,医学中央雑誌を使用し,“cancer(がん)”,“fatigue(倦怠感)”,“Exercise(訓練)”に関するキーワードにて検索する。そして,検索結果である,題名とアブストラクトを全てプリントアウトし,重複文献を削除する。次に,題名,アブストラクトから,予め除外基準を定めたチェックシートにより一次チェックを行う。次に,一次チェックで採択された論文の全文を基にPEDroスケールにて論文の質の評価を行い,妥当性のないものは除外する。次に,データ抽出シートにデータを書き出す。一連の作業は,2人のレビューワーにて,独立2系統にて行い,採否の決定の際にデータを突き合わせて検討する。2人の意見が合致しない場合は,アドバイザー1人にコンサルトする。最後にデータ抽出シートに記載されたデータを基にデータを解析する。データの解析には,アトムス社製Stat Mate 4を用い,該当する論文の対象者数,平均値および標準偏差から,効果量の算出を行う。効果の検討は,各臨床研究で行われた運動強度を,ACSMの基準以下を低強度,基準以上を中強度以上と定義した。【倫理的配慮、説明と同意】 共同研究者のレビューワーとアドバイザーには書面にて説明し,同意を得た。【結果】 検索結果は,重複文献を除き,全1,121論文が該当した。日本語文献は該当がなかった。題名とアブストラクトにて一次チェックを行うと,1,065論文が不採択と判断され,56論文がPEDroスケールおよび二次チェックの評価対象となった。そして,PEDroスケールと二次チェックにおいて,最終的に採択された論文は27論文であった。27論文をシステマティック・レビューの対象とした。システマティック・レビューの結果は,中等度以上の運動介入12論文と多く,効果にはバラツキがあるものの,効果があったとするものが半数を超えていた。そして,27論文のうち,データの利用が可能な19論文については,メタ・アナリシスの対象とした。メタ・アナリシスの結果は,19論文全ての効果について,介入群715名,対象群715名,母数モデルでの平均値の差,統合平均値(95%信頼区間)は,-1.262206(-0.75~-1.77)であった。母数モデルでの標準化された平均値の差,統合平均値の差は,-0.170761(-0.05~-0.29)であった。一方,低強度に該当する論文は,6論文あり,介入群126名,対象群121名であった。母数モデルでの平均値の差,統合平均値(95%信頼区間)は,-2.152723(-1.43~-2.86)であった。母数モデルでの標準化された平均値の差,統合平均値の差は,-1.459866(-1.15~-1.77)であった。なお,変量効果モデル,固定効果モデルの両者にて同様の効果が得られた。【考察】 低強度運動についての報告は,中強度以上に比べて少ないが,統計学的に効果的であることが明らかとなった。がんに対する運動療法の位置づけは,体力低下を予防することに重点が置かれている。しかし,運動介入の意義は,体力低下のみに留まらず,主観的な要素が多いとされるCRFを訴える患者に対して,可能な範囲での運動を行うことで,症状を予防,改善する可能性がある。今後は,臨床的な介入を通し,検証していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 がんに対する運動療法を確立する中で,CRFとその原因を考慮することで,運動介入の位置づけを変えることができる。即ち,がん患者に対する運動介入は,単に体力低下の予防と改善だけでなく,CRFの予防と改善という位置づけを加えることができる。位置づけが変わることで,理学療法および運動療法の新たな可能性を見出したことに意義があるものと考える。