抄録
【はじめに、目的】 軽度な認知機能の低下を有する状態は軽度認知障害(mild cognitive impairment: MCI)と呼ばれ、認知症予防の観点からMCI改善のための取り組みが重要とされている。近年、MCI高齢者に対する運動介入の効果が認められつつあるが、日常の身体活動を客観的な指標でとらえ、認知機能との関連を検討した報告は見当たらない。これらの背景を踏まえ、我々は有酸素運動を中心とした6か月間の運動介入によってMCI高齢者の認知機能向上が可能かどうかを無作為に健康講座群(対照群)と運動教室群(介入群)に割り付けるランダム化比較試験にて検証してきた。さらに、運動教室群には歩数計(シチズンデジタル歩数計TW700)を配布し、介入期間中の身体活動について記録を行ってきた。高齢者の身体活動を評価する方法としては歩数が代表的であり、健康関連QOLに基づいた心理社会的健康に着目すると、1日5000歩が一つの基準とされている。そこで、本研究では1日5000歩を基準として対象者の群分けを行い、介入事後評価時の身体活動と運動機能および認知機能の関係について横断的に検討することを目的とした。【方法】 運動教室群のうち歩数計データの揃う38名(男性18名、女性20名、平均年齢74.03±6.86歳)を対象とした。運動機能は、握力、膝伸展筋力、開眼片脚立位時間、timed up & go(TUG)、5m最大歩行速度、6分間歩行距離を用いて評価した。認知機能はmini mental state examination(MMSE)、Wechsler memory scale-logical memory(WMS-LM)1、WMS-LM2、Digit symbol coding test(DS)、Word fluency test(WFT)-category、WFT-letterを用いて評価した。歩数はシチズンデジタル歩数計TW700を用い、介入事後評価日の直前4週間における1日の平均歩数を算出した。また、先行研究に基づき1日の平均歩数が5000歩未満の者を低群(n=17)、5000歩以上の者を高群(n=21)とした。運動機能および認知機能における群間比較を行うため、統計分析は対応のないt検定を用い、有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は所属機関の倫理・利益相反委員会の承認を得た上で、対象者には本研究の主旨・目的を書面および口頭にて説明し、同意を得た上で実施した。【結果】 低群と高群の間に性および年齢の差は認められなかった。運動機能では、握力、膝伸展筋力に有意な差は認められなかったが、開眼片足立位時間(低群:28.78±23.22秒、高群:45.15±22.05秒、p<.05)、TUG(低群:8.78±2.33秒、高群:6.65±1.54秒、p<.01)、5m最大歩行速度(低群:1.58±0.40m/秒、高群:1.93±0.23m/秒、p<.01)、6分間歩行距離(低群:376.06±76.95m、高群:492.90±73.07m、p<.01)において低群と高群に有意な差が認められ、いずれも高群の方が優れた結果であった。認知機能では、MMSE(低群:26.12±2.83、高群:28.19±1.97、p<.05)、WMS-LM1(低群:15.24±7.22、高群:19.76±6.34、p<.05)、WMS-LM2(低群:11.94±5.77、高群:16.76±7.23、p<.05)、DS(低群:43.76±14.96、高群:59.19±15.16、p<.01)、WFT-category(低群:33.47±10.08、高群:39.62±7.27、p<.05)、WFT-letter(低群:16.65±6.43、高群:21.14±5.13、p<.05)において低群と高群に有意な差が認められ、いずれも高群の方が優れた結果であった。【考察】 本研究では、先行研究にて心理社会的健康に関連するとされた1日5000歩という基準に基づいて対象者の群分けを行った。その結果、運動機能では握力、膝伸展筋力という筋力に関する項目を除いて、TUGなどの歩行機能に関して1日平均5000歩という基準で差異が認められた。また、認知機能でも各領域において1日5000歩という基準で差異が認められた。このことから、1日5000歩という基準は心理社会的健康だけでなく、運動機能(特に歩行機能)および認知機能においても有意義な基準となる可能性が示唆され、先行研究に新たな知見を加えることができた。また、MCI高齢者において身体活動と運動機能および認知機能に関連が認められたことは意義深い。しかし、今回は横断研究であることから因果関係まで言及することは難しい。今後、縦断的に身体活動と運動機能および認知機能の関係性について検討していく必要がある。【理学療法学研究としての意義】 MCI高齢者において身体活動と運動機能および認知機能の関連を示したことは意義深い。まだ因果関係までは言及できていないが、認知症予防の観点からMCI高齢者に運動介入を行う際、運動教室での運動以外に日常生活での身体活動の向上にも目を向ける必要性を示唆できたのではないかと考える。また、歩数計により簡便に測定可能な歩数において基準値を設定しようとする取り組みは介入対象者の目標設定や動機づけの促進にも有意義であると考える。