抄録
【はじめに、目的】 近年,超音波刺激(US)と電気刺激の併用(Combination刺激,以下Combi)が可能な治療機器が臨床現場で用いられ良好な効果が得られている.我々は先行研究にて,Combiは筋硬度を低下させる効果が大きいことを報告した.筋硬度は筋の血行動態や疲労度を評価する指標として用いられ,筋血流量と筋硬度の関連が推察される.一般にマッサージのような機械的刺激や温熱により血行動態が改善することが知られているが,物理療法を施行した際の筋血行動態の変化を明らかにした報告は少ない.物理療法を施行する上で,疼痛や筋スパズムと関連する筋血行動態を把握することは重要である.そこで本研究では,Combiが筋血行動態に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする. 【方法】 対象は,本研究の趣旨に同意の得られた健常成人59名(男性42名,女性17名,年齢23.5±5.6歳)とし,事前に無作為にCombi施行群(Co群)20名,US施行群(US群)20名,プラセボ群(P群)19名の3群に振り分けた.刺激施行条件は,Co群;US(周波数3MHz,出力強度1.0W/cm2,連続照射)とTENS(周波数5Hz,パルス幅50μsec,軽度の筋収縮が生じる強度)の同時施行.US群;3MHz,1.0W/cm2の連続照射.P群;照射強度無出力での導子操作.各群ともLサイズ導子を用い,回転法にて5分間施行した.施行および測定部位は利き手側僧帽筋上部線維とし,第7頸椎棘突起と肩峰を結ぶ直線の中点を指標とした.安静時,施行直後,施行終了15分後に筋血行動態および皮膚温を測定した.筋血行動態の測定にはレーザー組織血液酸素モニター(OMEGAMONITOR BOM-L1 TR W,OMEGAWAVE)を使用し,酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)量および全ヘモグロビン(total-Hb)量について解析した.照射部と受光部プローブの中心間距離は30mm(推定測定深度15~30mm)とした.皮膚温の測定には皮膚赤外線体温計(サーモフォーカスPro,日本テクニメッド)を使用した.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究はヘルシンキ宣言に則り,当院倫理審査委員会の承認を得て行った.対象者には研究内容を十分に説明し,本研究の趣旨に同意を得た.【結果】 各測定項目について,3群間で安静時での差は認めなかった.oxy-Hb;Co群で,安静時に対して施行直後および15分後に有意に高値を示した(P<0.01).US群で,安静時に対して施行直後に有意に高値を示した(P<0.05).3群間の比較では,施行直後および15分後において,Co群はP群に対して有意に高値を示した.total-Hb;Co群で,安静時に対して施行直後および15分後に有意に高値を示した(P<0.05).3群間で有意な差を認めなかった.皮膚温;Co群およびUS群で,安静時に対して施行直後に有意に高値を示し(P<0.01),施行直後に対して15分後に有意に低値を示した(P<0.01).3群間の比較では,施行直後において,Co群はUS群およびP群に対して有意に高値を示した(P<0.05).【考察】 Combiを施行した際の,僧帽筋上部線維における血流量および表面皮膚温の変化を測定した.oxy-Hbおよびtotal-Hbの変化は,筋血流量の変動ならびに酸素代謝を評価する指標として用いられる.本研究では,Combiによりoxy-Hb量およびtotal-Hb量が増加し,その効果が終了15分後まで持続する結果となった.これより筋血流量の増加ひいては筋への酸素供給の増加が示唆される.Combiは,USの温熱作用とTENSの筋収縮による筋ポンプ作用を同時に生じさせることで,筋血行動態を改善する効果が大きいと考えられる.筋血流量の調節は主に抵抗血管(細動脈)の口径を変化させることにより行われる.つまり,血管収縮性因子の活性低下あるいは血管拡張性因子の活性亢進により,筋に分布する毛細血管が拡張したと推察される.皮膚温に関して,Co群はUS群およびP群と比較して有意な上昇を認めた.USの作用が深達性温熱であることから,皮膚温の上昇は深部組織温の上昇に付随する二次的な反応であると推察される.筋実質の損傷,不良姿勢による持続的な筋収縮,精神的ストレスなどにより筋は虚血状態となり,筋硬度の上昇や疼痛をきたす悪循環を生じる.そのような患者に対してCombiを用いることで筋血行動態を改善し,症状を緩和すると期待される.ただし,今回の施行条件では加温効果が大きいため,外傷や術後早期などの炎症期には避けるなど,リスク管理の観点から適応する時期や部位への配慮が必要である.【理学療法学研究としての意義】 物理療法の施行にあたり,その効果だけでなくリスク管理への配慮が欠かせない.本研究よりCombiの使用が生体に及ぼす生理学的効果が示された.これにより効果的でリスクを抑えた物理療法を選択する一助になると考えられる.