理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: A-S-01
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セレクション口述発表
頸部多裂筋の組織変化とバランス能力の関連 —MRIにおける筋肉内脂肪浸潤の計測と重心動揺計を用いた検証—
光武 翼中田 祐治大石 豪久原 隆弘堀川 悦夫
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抄録

【目的】姿勢制御における感覚戦略は,視覚系,前庭系,体性感覚系からの感覚入力を組織化している。この体性感覚における固有感覚では,筋紡錘が重要な役割を果たす。筋紡錘は,筋の収縮によって関節中間位における幅広い領域の位置と動きの検出を行う。筋紡錘の密度は小さな筋群において密度が高く,特に頸部深層筋群は非常に高密度であり,姿勢制御に重要な役割を果たしていることが考えられる。従って,頸部深層筋群の一つである頸部多裂筋がバランス能力に影響を与えている可能性がある。今回,Magnetic Resonance Imaging(以下MRI)を用いて,頸椎症性神経根症患者における頸部多裂筋の筋断面積と筋肉内の脂肪浸潤を計測し,重心動揺計における立位時の動揺との関連を検討したため報告する。【方法】対象は,頸部MRI検査を行った111 名から頸椎症性神経根症と診断された14 名(年齢63.1 ± 12.2 歳,BMI22.1 ± 3.5)とし,コントロール群は,神経学的所見や整形外科的所見のない健常成人14 名(年齢60.2 ± 18.0 歳,BMI22.1 ± 2.7)とした。方法は,臨床検査技師によって測定されたMRI(PHILPS社製ACHIEVA1.5T NOVA DUAL)を使用し,T1 強調画像の水平面によるC4 〜6 を計測した。取得した画像は,PC画面上で画像解析ソフトウェア(横河医療ソリューションズ社製ShadeQuest/ViewC)により両側頸部多裂筋の筋断面積を計測し,C4 〜6 の平均値を算出した。加えて,筋断面積内の脂肪浸潤の程度を計測するためpixelの信号強度の平均値も算出した。これら筋断面積の計測は,他検者による計測を行い,検者間の級内相関係数(以下ICC)による再現性を検討した。また,バランス能力は,重心動揺計(アニマ社製G-620)を使用し,開閉眼時の総軌跡長を計測した。対象者は裸足で足長の中心を検査台の前後中央に置いた閉脚立位で開閉眼時ともに60 秒間計測した。開眼時は,眼の高さから水平に投射した位置にマーキングし,その部位を注視した状態で頭部や視線の変動が生じないように言語教示した。閉眼時には,閉眼を開始してから過度な動揺が消失したことを確認して計測した。統計学的検討は,正規性の検定を行った上で,Mann-WhitneyのU検定,Spearmanの順位相関を用い,有意水準は5%未満とした。【説明と同意】すべての被検者に対して,実験前に目的,方法,リスクについて文書,口頭による説明を十分に行い,署名により同意が得られた者を対象とした。【結果】MRIにおける検者間ICCは筋断面積r=0.97,筋肉内の脂肪浸潤r=0.99 となり,高い再現性が示された。筋断面積と筋肉内の脂肪浸潤は,頸椎症性神経根症85.09 ± 30.17(41.17-137.61)mm2,705.42 ± 145.95(464.46-951.47),コントロール群87.32±18.52(50.20-112.96)mm2,599.75±69.54(471.29-706.66)となり,筋肉内の脂肪浸潤において有意差が認められた(p=0.043)。また,開眼時と閉眼時の総軌跡長は,頸椎症性神経根症98.14 ± 34.08(61.98-180.44)cm,150.59 ± 77.27(67.91-307.88)cm,コントロール群71.03 ± 11.35(55.17-88.98)cm,86.59 ± 20.54(55.13-124.34)cmとなり,開眼時(p=0.018),閉眼時(p=0.005)ともに有意差が認められた。頸椎症性神経根症患者における頸部多裂筋断面積と重心動揺の総軌跡長は,有意な相関がみられなかった(r=-0.020,p=0.943)が,頸部多裂筋の脂肪浸潤と総軌跡長では,有意な相関がみられた(r=0.767,p=0.005)。【考察】頸椎症性神経根症は,脊髄の障害ではなく末梢神経である神経根障害である。そのため頸髄の損傷によるバランス能力低下より頸部多裂筋の神経学的所見による組織変化が影響していると考えられる。筋紡錘の密度は,足底からの位置覚に関わる下腿三頭筋が0.67/gという報告に対し,頸部多裂筋は24.3/gと高密度であり,感覚戦略において重要な役割を果たす。頸部多裂筋を含む頸部深層筋群には,筋紡錘の密度が高い筋群が多く,この筋紡錘の神経学的変性がバランス能力を低下させる要因と示唆された。また,頸部多裂筋の筋断面積より筋肉内の脂肪浸潤がバランス能力に影響を与えたことに関して,筋組織の脂肪浸潤により仮性肥大が生じている可能性が示された。従って,頸部多裂筋の筋組織は,量的変化ではなく質的変化を評価することが重要だと考えられる。今後は,頸部多裂筋だけでなく後頭下筋群などの深層筋がバランスに及ぼす影響を検討するとともに感覚戦略において頸部深層筋の脂肪浸潤が視覚や前庭機能によって代償されているか検証していきたい。【理学療法研究としての意義】MRI所見において頸部多裂筋の筋断面積ではなく筋肉内の脂肪浸潤がバランス能力に影響を与える一つの指標となる可能性がある。

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© 2013 日本理学療法士協会
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