抄録
【はじめに、目的】 近年,骨折治療技術やマイクロサージャリーの発展により従来救肢し得なかった重度下肢外傷の治療が行われている.早期からの理学療法介入は手術療法に次いで術後成績を左右するが,まとまった症例に対応する医療機関が無かったことから,理学療法士による重度下肢外傷後症例の報告は少ない.今回,当院で遊離皮弁術を用いて骨軟部組織再建が行われた2症例を報告する.【方法】 対象は当院にて骨接合術,遊離皮弁術によって治療された下肢開放骨折の2例である. 症例1は60代女性,左下腿開放骨折である.左下肢を除雪機に巻き込まれて受傷した.同日創外固定,デブリードマン施行され,最終的に脛骨が骨幹部で6cm欠損し,下腿前面皮下組織,下腿前方コンパートメントの筋は全て欠損した.受傷後15日に骨接合術,骨移植,遊離広背筋皮弁術が行われた.創外固定が下腿から中足骨に設置された.術後1週より理学療法を開始し,足趾・膝関節ROM運動,股関節周囲の筋力強化練習を行った.また,変形予防,腱滑走を目的とした動的スプリントを作製した.術後1週で下肢下垂が許可され歩行練習を開始した.術後4週で創外固定が抜去され足関節ROM運動を開始し,頻回な足趾足関節自主運動を指導した.術後6週で脛骨骨幹部に外側プレートが追加され,疼痛自制内での荷重が許可された.荷重位での足関節背屈ストレッチや下腿後方筋に対して超音波療法を追加実施した. 症例2は20代男性,右第1・2趾切断である.ベルトコンベアーに右足部を巻き込まれて受傷した.同日ドクタージェットにより当院に搬送され,再接着術が行われた.第2趾は挫滅が強く切断され,第1趾は再接着された.第1中足骨は母趾先端から母趾MTP関節中間位でピンニングにて固定された.母趾屈筋腱,伸筋腱は欠損し,第1中足骨背側部の軟部組織欠損を呈した.受傷後2週で軟部組織欠損に対して遊離前鋸筋皮弁術が行われた.前鋸筋は第 7~9 肋骨レベルが採取された.術後1週から理学療法を開始し2~5趾・足関節・肩関節ROM運動を開始した.術後3週で踵歩行が許可され,前足部免荷装具を作製した.術後3ヶ月で母趾ピンニングが抜去され母趾MTP関節ROM運動,前足部荷重練習を開始した.右肩関節は前鋸筋が採取されたため翼状肩甲を呈した.理学療法開始時の肩関節ROMは他動では制限を認めず,自動屈曲 120°,自動外転 130°であった.MMT は前鋸筋 2-,僧帽筋上部 5,下部 2,腱板筋群 は 3 であった.腹臥位での肩甲骨上方回旋運動,Push up plus ex. ,など肩甲骨周囲筋筋力トレーニングを中心に行った. 【倫理的配慮、説明と同意】 今回の発表にあたり,文書および口頭にて対象に対して説明し同意を得た.【結果】 症例1は術後4ヶ月で自宅へ退院し,農業に復帰した.疼痛は無い. ROMは足関節背屈10°,底屈35°,足趾MTP関節伸展30°.MMTは股関節周囲5,膝関節伸展3+,足関節底屈2+,足趾屈曲5.筋欠損のため下垂足を呈するが独歩自立し階段昇降も自由に可能である.日本足の外科学会足関節・後足部判定基準は94/100(減点:レクリエーション)である. 症例2は術後6ヶ月で木工所作業員に復帰した.疼痛は無い.ROMは足関節背屈15°,底屈40°,母趾MTP関節屈曲0°,伸展30°,肩関節自動屈曲170°,自動外転170°.MMTは肩関節屈曲,外転のみ4であり,その他上肢,下肢とも5.独歩にて歩行可能である.【考察】 症例1は下腿前方コンパートメント欠損のため,筋の不均衡による尖足変形やclaw toe変形となるリスクが高く,不動や瘢痕修復に伴う癒着により足趾,足関節関節拘縮が生じると考えられた.重度関節拘縮ができあがると改善は困難となるため,装具療法による良肢位保持や可能な範囲で筋滑走を促すなどの拘縮予防を実施した.加えて,荷重開始まで不動時間を極力少なくするために積極的な自主練習を実施した.その結果,足趾足関節拘縮の増悪は予防でき,良好な機能を獲得できた. 症例2は足趾,足関節機能の他に前鋸筋皮弁術による影響が大きい肩関節機能に重点を置いた介入を行なった.前鋸筋皮弁術で肩甲骨上方回旋の作用を持つ下部筋束が採取されており,残存している他の前鋸筋強化を行なっても上方回旋作用は低下したままであると考えた.そこで肩甲骨上方回旋の force couple を形成する僧帽筋上部・下部線維などの強化により代償による肩甲骨安定化を図った.最終的には自動挙上の左右差はあるが日常生活や仕事でも支障ない程度まで改善が得られた.【理学療法学研究としての意義】 重度下肢外傷症例の中で全身状態が良好で経過を単一施設で追うことができる症例は少ない.症例数の少なさから術後理学療法ついて比較検討することは困難であり,今回のように症例報告を蓄積することは重要である.