抄録
【はじめに】 徒手的理学療法の一手技である関節モビライゼーションでは関節牽引を頻繁に用いるが、牽引に伴う関節裂隙の距離変化(以下、離解距離)に関する報告はわずかである。我々はこれまでに、膝関節牽引時の関節角度と牽引強度の違いが離解距離に及ぼす影響について検討し、最大離解距離となる肢位が51°屈曲位付近であることと、100Nに比べて200N牽引時の離解距離が有意に大きいことを報告した(第45・46回大会)。今回、牽引時間の違いが離解距離に及ぼす影響について検討したため、以下に報告する。【方法】 実験対象は膝関節に既往のない健常成人90名(男女各45名)の左膝関節であり、対象者の平均年齢(範囲)は21.4(21-23)歳、身長と体重の平均値(標準偏差)は166.1(7.6)cm・57.8(7.9)kgだった。実験課題は、牽引強度150Nでの左膝関節の持続牽引(180秒間)とし、その際の膝関節裂隙の超音波画像を抽出した。実験肢位は背臥位として、左大腿部をエクササイズ用ベンチ(Lojer 社、Three Section Bench)の可変式斜面に、左下腿部を昇降ベッド(パラマウントベッド社、KC-237)にそれぞれ載せることで、左側の膝関節と股関節を50°屈曲位に設定した。左膝関節の牽引は、左大腿部を非伸縮性ベルトでベンチの斜面に固定した状態で、プーリー(Lojer 社、Mobile Speed Pulley)と四肢牽引用バンド(ミナト医科学社、KSU0264)を用いて、左下腿部を長軸方向へ操作した。関節裂隙の超音波画像は、超音波画像診断装置(日立メディコ社、EUB-7500)を用いて、牽引前と牽引中(牽引開始から5・10・30・60・120・180秒後)の静止画(Bモード)を抽出した。なお、プローブは下腿の長軸と平行となることを基準とし、内側関節裂隙(脛骨内側顆と大腿骨内側顆の間)の前面に当てた。抽出した画像の解析には、画像解析ソフト(米国国立衛生研究所、Image J Ver.1.42)を用い、すべての画像上の大腿骨と脛骨の指標点間の距離を計測した後、牽引前と牽引中の差から、各牽引時間での離開距離を算出した。統計学的解析は、IBM SPSS statistics ver.20を用いて、牽引時間を要因とする反復測定による一元配置分散分析と多重比較検定(Tukey HSD法)を実施した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮】 本研究は筆頭演者が在籍する大学院の研究安全倫理委員会の承認(承認番号:11002)を得たうえで、対象者に対しては、事前に研究趣旨について説明した後、書面での同意を得て実験を行った。【結果】 各牽引時間での離解距離[mm]の平均値(標準偏差)は、5秒後から順に、0.9(0.8)・1.1(0.8)・1.3(0.8)・1.5(0.9)・1.7(0.9)・1.9(1.0)だった。多重比較検定の結果、いずれの牽引時間の間でも有意差を認め、牽引時間の延長によって、離解距離は有意に大きくなることが明らかとなった。【考察】 本研究で解析した離解距離は、牽引開始直後に急激に増大し、その後は、牽引時間の延長に伴って緩やかに大きくなっていた。また、牽引によって伸張される関節周囲の非収縮性組織(靭帯や関節包など)の主成分であるコラーゲン線維は、外力を付加した状態を保持することで徐々に伸張されるといった特性を持つ。それらの点を合わせて考えると、牽引を開始した直後の離解距離は、牽引力を加えることで取り除かれた靭帯や関節包のゆるみの量を表しており、その後の離解距離については、非収縮性組織が牽引によって伸張された程度を反映していると考える。【理学療法学研究としての意義】 臨床において、関節拘縮の改善のために関節牽引を用いる場合には、少なくとも7秒間保持し、強固な拘縮の場合には、1分もしくはそれ以上の持続的な牽引を実施する。また、疼痛軽減やリラクセーションのために関節牽引を用いる場合には、1~2分間を目安として持続的に実施する。それらの点を踏まえると、本研究は、膝関節の機能異常に対して実施する関節モビライゼーションの科学的根拠を確立するための一助になると考える。