抄録
【はじめに、目的】骨格筋の線維化は,不動によって惹起される拘縮の発生メカニズムの一つとして考えられているが,その分子メカニズムはこれまで明らかにされていない.ただ,血管や肺などの線維化に関する先行研究では,組織が低酸素状態に陥ることで線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化が促進され,コラーゲンが過剰増生し,線維化が発生・進行するとされている.そして,われわれもこれまで,ラットヒラメ筋を4 週間不動状態に曝すと低酸素特異的転写因子であるhypoxia-inducible factor-1 α(HIF-1 α)の発現量が増加することを明らかにしており,このことから不動による骨格筋の線維化の発生にも低酸素状態の惹起が関与していると推測している.一方,周期的な筋収縮運動は骨格筋内の血流量を増加させることが知られている.すなわち,不動の過程で骨格筋に周期的な筋収縮を負荷することで骨格筋の低酸素状態を軽減できれば,線維化,ひいては拘縮の発生を抑制することができるのではないかと仮説をたてた.そこで,本研究ではこの仮説を検証する目的で,不動状態に曝されているラットヒラメ筋に対して電気刺激による周期的な筋収縮を負荷し,線維化ならびに拘縮におよぼす影響を検討した.【方法】実験動物には8 週齢のWistar 系雄性ラット21 匹を無処置の対照群(n=7)とギプス包帯を用いて両側足関節を最大底屈位で4 週間不動化する実験群(n=14)に振り分け,さらに,実験群は不動のみを行う不動群(n=7)と不動状態のまま電気刺激を用いて両側ヒラメ筋に筋収縮を負荷する刺激群(n=7)に振り分けた.なお,刺激群のラットに対してはリード線付きの表面電極を下腿後面に貼付した状態でギプス包帯による不動化を行っており,電気刺激の際はこのリード線にtrio-300(伊藤超短波株式会社)を接続した.電気刺激の条件は,周波数1Hz,刺激強度4mAとし,1 日1 回60 分,週5 回の頻度で電気刺激による周期的な筋収縮を負荷した.実験期間終了後は麻酔下で全てのラットの足関節背屈可動域(ROM)の測定を行った後に,両側ヒラメ筋を摘出し,筋湿重量を測定した.摘出した右側試料についてはその凍結横断切片に対してHematoxilin & Eosin染色を施し,病理組織学的検索に供するとともに筋線維横断面積を計測した.一方,左側試料についてはReal Time PCR法を用いて,タイプIコラーゲン,α-smooth muscle actin(α-SMA),transforming growth factor(TGF)-β1,HIF-1 α といった線維化の分子マーカーならびに内因性コントロールのGAPDHそれぞれのmRNAの発現量を検索した.【倫理的配慮、説明と同意】本実験は長崎大学動物実験指針に準じ,長崎大学先導生命科学研究支援センター・動物実験施設で実施した.【結果】実験期間終了後のROMは,不動群,刺激群ともに対照群より有意に低値であったが,刺激群は不動群より有意に高値であった.また,相対重量比と筋線維横断面積は不動群,刺激群ともに対照群より有意に低値で,この2 群間には有意差を認めなかった.病理組織学的には各群において筋線維壊死などの炎症を疑わせる所見は認められなかった.一方,タイプIコラーゲンとα-SMAのmRNA発現量は,不動群,刺激群ともに対照群より有意に高値であったが,刺激群は不動群より有意に低値であった.また,TGF-β1 とHIF-1 αのmRNAの発現量は,不動群のみ対照群や刺激群より有意に高値で,この2 群間には有意差を認めなかった.【考察】今回の結果から,不動の過程で骨格筋に周期的な筋収縮を負荷すると,骨格筋の低酸素状態の惹起や線維化の促進に働くサイトカインであるTGF-βの発現が抑制されるとともに,線維芽細胞から筋線維芽細胞への分化やコラーゲン産生が軽減することが明らかとなった.つまり,このことは不動によって惹起される骨格筋の線維化が軽減していることを示唆しており,併せてROM制限の発生も軽減していることから拘縮の進行も抑制されていると考えることができる.また,今回の結果は不動に伴う骨格筋の線維化の発生に低酸素状態の惹起が関与していることを示唆しており,不動の過程で負荷する周期的な筋収縮はこの抑制効果が大きい可能性があり,新たな拘縮の治療戦略としても有効ではないかと考える.【理学療法学研究としての意義】これまで不動に伴う骨格筋の線維化の分子メカニズムは不明であったが,本研究を通じて低酸素状態の惹起が一つのキーファクターになっている可能性が見いだされた.加えて,周期的な筋収縮運動は低酸素状態の軽減に効果があり,不動の過程においてもこれを負荷することで骨格筋の線維化ならびに拘縮の発生が軽減することから新たな治療戦略の可能性が示唆され,この成果は理学療法学研究としても意義深いと考える.