抄録
【はじめに、目的】足底の筋群はヒトの足の動的支持において重要である(Headlee et al., 2008)。足部に変形が起きると足底の筋群にアンバランスな負荷がかかることが明らかになっている。また、足底の筋群が弱化することは、足の変形の一つの要因となる。よって、足底の筋群の機能を正しく理解することは、足の変形後の対処としてだけでなく、足の変形の予防を考える上でも重要である。骨格筋の機能を正しく知るための方法として、骨格筋の3Dモデルを使用し、コンピューターシミュレーションを行う方法が広く行われている。筋の収縮による力は腱を介して伝わるため、骨格筋の力学的解析には筋・腱一体となった筋の3Dモデル作成が必要である。しかし現在まで、骨格筋の3Dモデルは筋全体を一本の線で描いたものしか存在しない。そればかりか、足底の筋群全体の包括的な3Dモデル作成は行われていない。よって今回は、筋束レベルで、かつ腱を含めた筋全体において、解剖学的に正確な足底の筋群の3D筋モデルを構築し、それをもとに足底の筋群の機能を考察することとした。【方法】解剖学実習用遺体3 体3 側の足底の筋群を用いた。3Dモデル化にはMicroscribe G2DX digitizer (Immersion Corporation, San Jose, CA) を用いた。皮膚を剥離した後に、ボルトとプレートを用いて関節を固定し、三次元空間を定位する基本とした。続いて足底の筋群を底側から順に剖出した。筋を筋束レベルで1 つの層として剥離し、その1 つの層に観察される筋束を3D上の点と線としてデジタル化して記録した。記録した筋束を表層から順次除去し、深層の筋束に進んでいった。ある程度筋束を除去した後に腱の表面をデジタル化して記録した。筋束と腱を全て記録し終え、除去した後に、順次深層の筋へと進んでいった。足底の筋群20 筋全てと、関係する下腿の屈筋群の腱(長母指屈筋腱と長指屈筋腱)をデジタル化して記録し、除去した。足底の筋群全てをデジタル化し終わった後に、FARO Laser Scan Arm (FARO Technologies, Lake Mary, FL) を用いて骨と関節の表面形態を記録し、筋のデータと統合させた。得られた筋の3DデータはAutodesk® Maya®を用いて3Dモデル作成へと使用した。1 個体については、得られた3Dデータから筋束長、羽状角、筋ボリューム、生理学的横断面積(筋ボリューム/筋束長)の算出を試みた。【倫理的配慮、説明と同意】本研究で使用した遺体はUniversity of Torontoに寄贈されたものであり、研究に使用する際に問題はない。解剖およびデジタル化作業は、全て定められた解剖学実習室内にて行った。【結果】本方法により、骨格に付着している状態での足底の筋群の3Dモデル作成が可能であった。今回得られた解剖学的に正確な3Dモデルにより、各筋における筋束の配置を3Dで提示することができただけでなく、各筋の形態学的パラメーターを算出することもできた。各筋のパラメーターについて見ると、表層(底側)に位置する筋群ほど筋ボリュームや生理学的横断面積が大きい、という傾向があった。深層に位置する筋では、母指内転筋斜頭が表層の筋群に次ぐ生理学的横断面積を持っていた。短母指屈筋では、内側部よりも外側部の方が筋ボリューム、生理学的横断面積ともに大きかった。虫様筋群は極端に生理学的横断面積が小さい値となった。【考察】ヒトの足にの内側縦アーチ動的支持には、足部の筋群では母指外転筋が主に活動していることがわかっている(Wong, 2007)。本結果から、母指内転筋斜頭と短母指屈筋外側部は、力学的に重要であることがわかり、動的支持に寄与すると思われる。これら筋群は、筋の作用方向から考え、母指外転筋と共同してヒトの内側縦アーチの動的支持に働く可能性があり、本研究のパラメーターからもそれが示唆される。本研究で得られた3Dモデル、およびデータベースは、有限要素モデリングへと応用し、足底の筋群の正常状態、および変形時の機能的解析へと応用することが可能である。また、ヒトの他の部位の筋群、とくに手掌の筋群と比較し、足底の筋群の機能を考察したい。本研究で使用した方法は個体そのもののデータを包括的に理解することができる、という利点があるが、今後さらに標本数を増やし、各筋の特徴をさらに詳細に明らかにしたい。【理学療法学研究としての意義】理学療法士が臨床で遭遇する足の変形などに対処する際などに応用できる。すなわち、本研究により、足底の筋群の機能を正しく理解することができるようになれば、理学療法学の基盤を形成することができると考える。