抄録
【目的】運動制御において、体性感覚は重要な役割を果たし、臨床においても運動機能回復を目的に体性感覚を利用することがある。立位制御には、前庭系の制御の他に足底からの体性感覚入力が関与(崎田2006)し、隈元ら(2001)や片岡ら(2002)は、脳血管障害(CVA)患者を対象に足底への体性感覚入力が立位制御に有効に作用したことを報告している。また山手(2003)は、CVA患者の足底部の体性感覚入力が歩行能力の向上に有効であったと報告している。これらのことから、CVA患者においても体性感覚入力は運動制御において重要な要素の一つであると考える。一方で、感覚障害を呈する症例は、体性感覚の入力が困難となることがある。そのため、体性感覚を知覚させることを目的とした課題設定においては、視覚情報の提示方法などを考慮する必要があると考える。視覚系においては、入力情報が一部欠損しているにも関わらず、それを補い欠損がない場合と同等の知覚内容が生成される視覚的補完現象がある。錯覚図形においては、図形の一部が欠損し見えない部分が知覚される非感性的補完と、補完された部分が実際に見える感性的補完に分けられる。対象となる情報が欠損している場合でも、対象の形状に基づく物体認知が成立するのは、知識や予測をもとに物体の特徴が有効に作用し、情報の中で失われた部分が復元されているためであると考えられている。さらに姜(2008)は、健常人を対象に文字の遮蔽率と正解率の関係から、視覚的に遮蔽された部分が多いほど正解率が低下し、遮蔽部分を補完することが困難になることを報告している。しかし、CVA患者に対する視覚的補完現象と体性感覚の入力との関係についての報告は少ない。今回、感覚障害を呈するCVA患者を対象に、視覚的補完現象における非感性的補完を用いて、麻痺側身体の遮蔽範囲の相違が体性感覚処理に及ばす影響について検証した。【方法】対象は、足底の触覚刺激の有無の認識は可能であるが、接触部位までは認識困難な感覚障害を呈するCVA患者9名(年齢67.0±11.7歳、右片麻痺2名、左片麻痺7名)とした。対象者には、麻痺側足底を床面に接地させない状態で椅子座位をとらせた。課題は、麻痺側足底の踵、母趾球、小趾球の3ヶ所を刺激部位とし、凹凸のある素材を用いて接触刺激を行い、どこに触れられたかを3択で解答させた。刺激回数は、各刺激部位に10回の刺激がいくように割り当て、合計30問をランダムに実施し、解答の正誤については、フィードバックを与えなかった。課題条件として、麻痺側下肢全てを視覚から遮蔽した条件(下肢遮蔽条件)と麻痺側下腿中央以遠を視覚から遮蔽した条件(下腿遮蔽条件)の2条件とした。課題中は、開眼下にて足部を注視するよう指示した。統計学的処理は、両条件において30問に対する正解数の比較を対応のあるt検定を用いて、有意水準を5%未満とした。【説明と同意】本研究は、村田病院臨床研究倫理審査委員会の公認を得て、十分な説明を実施し、書面にて同意を得られた症例に行った。【結果】各条件における正解数は、下肢遮蔽条件22.9±7.7、下腿遮蔽条件26.0±4.6であり、下腿遮蔽条件において有意な正解数の増加が認められた(p<0.05)。【考察】下肢遮蔽条件に比べ、より視覚的に可視可能範囲の多い下腿遮蔽条件において、接触刺激に対する有意な正解数の増加を認めた。視覚的補完現象における非感性的補完には、遮蔽された物体を知覚する際に前頭前野が関与する(姜2008)ことから、遮蔽部分を視覚的に可視可能な範囲から推論していることが考えられる。そのため下肢遮蔽条件では、股関節、膝関節を含めて足部位置を推論しなければならないために正解数が減少したと考えられる。一方、視覚的に可視可能な範囲の多い下腿遮蔽条件では、足部の視覚的な補完が行われやすかったことが、下肢遮蔽条件と比較して正解数が増加したと考えられる。また下腿遮蔽条件では、非感性的補完を行うにあたって、身体の遮蔽部分を推論すると同時に、選択的注意が遮蔽部分の体性感覚へ方向づけられることで、体性感覚の処理に影響を及ぼしたのではないかと推察された。【理学療法学研究としての意義】本研究では、感覚障害を呈する脳卒中片麻痺患者において、視覚的補完を用いることで体性感覚の処理が行いやすくなることが示唆された。これらの結果から、体性感覚を用いた課題を設定する際の一助として、臨床応用できるのではないかと考えた。