抄録
【はじめに、目的】近年,長時間の座位に代表されるような身体不活動の増加よって,糖尿病などの生活習慣病や肥満,メタボリックシンドロームなどの罹患率,および死亡率が高まることが数多く報告されている.つまり,可能な限り身体不活動状態を解消していくことが,将来起こりうる疾病を予防し,健康寿命を延ばすことに繋がる.特に,運動習慣をもたない生活習慣病患者に対し,いかに身体活動量を増加させるかを追究していくことは重要である.そこで本研究では,屋内で実施可能な座位での低強度運動(以下,座位運動)の効果を明らかにするため,高血圧患者を対象に3か月間の介入を行った.そして,この運動による身体活動量の増加が,普段の運動習慣の有無で効果に違いがあるかどうかを検証した.【方法】対象は,通院中の高血圧患者16名である.対象者は,通常の日常生活活動に加え,自宅での座位運動を3か月間行った.座位運動は計8種類(3‐3.5METs)で構成され,対象者は1日合計20分以上を目標に実施し,日々の運動時間および運動内容を記録した.効果の評価項目は,BMI,腹囲,安静時血圧,血流依存性血管拡張反応(FMD),空腹時血糖値,空腹時インスリン値,HOMA-R,血清脂質,高感度CRPであり,開始時および3か月後に測定した.また,対象者を運動習慣の有無(運動習慣有り;週1回以上の運動,運動習慣無し;週1回未満の運動)により2群に分け,比較検討した.統計解析はPaired t test および Student’s t test を用い,有意水準は危険率5%以下とした.【倫理的配慮、説明と同意】対象者には口頭および文章にて本研究に対するインフォームドコンセントを行い,署名と同意を得た.研究内容について,当院の倫理委員会の承認を得た.【結果】座位運動中止1名を除外した15名を解析対象者とした(男性4名,女性11名,年齢66.7±10.3歳).運動習慣有りの群は7名(男性1名,女性6名,年齢67.0±10.0歳),運動習慣無しの群は8名(男性3名,女性5名,年齢66.4±11.2歳)であった.群間比較では,総運動時間,1日あたりの運動時間および運動頻度に有意な差はなかったが,開始時の空腹時血糖値(運動習慣有りの群 vs 運動習慣無しの群:101.3±5.6 vs 107.4±5.0 mg/dL, P=0.045)において有意な差がみられた.開始時と3か月後の比較では,運動習慣無しの群において,空腹時血糖値(107.4±5.0から102.1±5.1 mg/dL, P=0.025),空腹時インスリン値(9.2±4.3から6.0±2.3 µU/mL, P=0.027)およびHOMA-R(2.5±1.3から1.5±0.6, P=0.032)に有意な改善がみられたが,BMIや腹囲などその他の項目では有意な変化はなかった.運動習慣有りの群においては全ての項目で有意な改善はみられなかった.【考察】本研究で用いた座位運動は,気象状況に左右されずに屋内で可能であること,日常生活活動の合間に行うことができること,家庭や職場の椅子を利用できること,さらに高齢者や運動能力の低下した患者,整形外科的疾患を抱えた患者でも可能な運動様式・強度であることなどから,身体活動量の増加に有効なものであると考えられる.しかし,元々運動習慣をもつ患者にとっては,座位運動は低強度であり追加の効果は得にくく,飽きやすい運動方法である可能性がある.本研究においても,運動習慣有りの群において,3か月間の座位運動による各指標の改善効果は得られず,また,1名が脱落した.運動習慣無しの群では,減量の効果は得られなかったものの,空腹時血糖値,空腹時インスリン値,HOMA-Rにおいて有意な改善がみられたことから,普段から運動習慣の無い患者においては,低強度の運動であってもインスリン抵抗性の改善に効果があると考えられる.これは,特に運動習慣の無い患者に対する初期介入としての有用性を示唆するものである.ただし,減量や腹囲減少などの効果を得るためには,より強度が高く時間が長い運動が必要かもしれない.【理学療法学研究としての意義】本研究は,運動習慣をもたない生活習慣病患者に対する運動療法において,特に初期介入としての有用性を示唆するものであると考えられる.また,本研究で用いたような座位運動を初期介入として,さらに多様な運動療法を導入していくことで,生活習慣病患者の糖代謝や身体機能を改善させ,動脈硬化の危険因子を減少させることに寄与するのではないかと考えられる.