主催: 日本理学療法士協会
【はじめに,目的】足漕ぎ車椅子(Cycling-Wheel Chair:C-WC)は下肢のペダリング運動によって駆動する車椅子である。先行研究においては,片麻痺などの障害により歩行が困難である者の移動手段として,手漕ぎ式車椅子と比較して,移動距離の増大や駆動効率の改善などの有用性が示されている。一方で下肢ペダリング運動という点から,身体機能を維持するための運動としても効果が期待される。しかし,その生理学的効果に着目した研究は少なく,またペダリングの回転数ごとに運動強度を明らかにすることは,対象の運動機能に合わせた運動指導を実施する上で重要であるが,そのような検討をした研究は見受けられない。C-WCの臨床応用としての有用性についても十分に検討がなされていないのが現状である。そこで本研究ではC-WCを,異なった回転数で駆動した場合の生理学的指標を測定するとともに,下肢ペダリング運動として一般的であり,C-WCと同様に座位で実施できるものとして,ポータブルエルゴメーター(以下ERG)を用いた場合と比較し,生理学的効果について検討することを目的とした。【方法】対象者は,健常成人男性10名(平均値±標準偏差:年齢22.3±1.2歳,身長171.8±5.5cm,体重63.5±9.0kg)とした。対象者には測定前夜からのアルコールおよびカフェイン摂取と激しい運動の禁止,測定開始2時間前からの絶飲食を指示した。C-WCはTESS社製profhandを,ERGはMonark社製881E型を用い,各運動を24時間以上の間隔を空けて行った。ERGの負荷量は50rpmでの駆動で10Wattになるように設定した。測定は10分間の安静座位の後,座位での下肢ペダリング運動を40rpm,60rpm,80rpmの順に実施した。回転数ごとの運動時間は10分間とし,セット間の休息は5分間とした。測定項目は酸素摂取量(以下VO2),心拍数(以下HR),唾液アミラーゼ(以下SAA)とした。10分間の安静座位開始から6分から9分までと,各運動終了3分前から終了までのそれぞれ3分間の呼気ガスをダグラスバッグ法にて採取し,呼気ガス分析装置(アルコシステム社製)を用いてVO2を測定した。またVO2測定値から運動強度(METs)を算出した。HRは心拍計(Polar社製)を用いて測定開始から全運動終了まで連続的に測定し,呼気ガスを採取した3分間の平均値を解析対象とした。SAAは,値が大きいほど精神的ストレスが高いこと表す指標であり10分間の安静座位時および各運動終了直後に専用のチップを口腔内舌下に挿入することで唾液を採取し,唾液アミラーゼモニター(NIPRO社製)を用いて測定を行った。またSAA測定値から変化率{(運動終了直後値-安静時値)/安静時値}を算出し,解析対象とした。統計解析として,各回転数で測定項目について,条件間で対応のあるt検定を用いて比較検討した。統計学的有意水準は5%未満とした。【倫理的配慮,説明と同意】対象は,事前に口頭にて研究内容および研究目的を説明し,同意を得た者であり,ヘルシンキ宣言に基づく倫理的配慮を十分に行った。【結果】C-WCのMETs(平均値±標準偏差)は40rpmで2.2±0.3,60rpmで2.7±0.4,80rpmで3.5±0.4であった。ERGとの比較ではいずれの回転数においてもVO2,HRでは有意な差は認められなかった。SAA変化率(平均値±標準偏差)はC-WCでは40rpmで0.25±0.17,60rpmで0.18±0.29,80rpmで0.49±0.19,ERGでは40rpmで0.40±0.61,60rpmで0.84±0.54,80rpmで1.01±0.51であり,60rpmおよび80rpmにおいてC-WCで有意に低い値が認められた(p=.01,p=.05)。【考察】回転数ごとの運動強度は40rpmで約2.2METs,60rpmで約2.7METs,80rpmで約3.5METsであった。一般的に,3METs程度の運動に約3km/hでの歩行が挙げられていることから,C-WCによる下肢ペダリング運動は,健常者においては,回転数を60rpmから80rpmに保ちながら行うことで,歩行と同等の運動強度になりうることが示唆された。それに加え,SAAの変化率からC-WCでの下肢ペダリング運動はERGに比較して生理学的なストレス値の低い運動であり,精神面への負荷の少ない運動であることが示唆された。しかし本研究は健常成人男性を対象に行っているため,今後,実際に歩行が困難である者を対象とした上で,C-WCの臨床における運動プログラムとしての有用性について検討する必要があると考える。【理学療法学研究としての意義】歩行が困難である者においては日常的な活動量が減少し,身体機能を維持することが難しくなる場合が多くみられるが,本研究結果は,このような対象者に対し,新たな運動プログラムとして足漕ぎ車椅子を用いた運動を提言する上での基礎的データの一つになると考える。