理学療法学Supplement
Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: P2-A-0686
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タイの労災リハビリテーションの現状と課題
~青年海外協力隊の活動を通して~
川副 泰祐
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抄録

【目的】青年海外協力隊(以下JV)として2012年9月から2年間,タイ労災リハビリテーションセンター(Industrial Rehabilitation Center,以下IRC)で技術支援を目的に活動した。IRCには重度の関節可動域制限を持つ者や片麻痺患者が下肢装具を装着せずに歩行している者など,日本と比較して充分な理学療法が施されていない者が入所していた。なぜ,そのような者が多いのか。同僚の理学療法士(Counterpart,以下CP)にタイのリハビリテーション(以下リハビリ)の現状に応じた技術支援を行うためにタイの医療保障制度を調査した。本発表はタイの労災リハビリや医療保障制度の現状を踏まえて筆者が行った活動を総括し,課題の分析を行ったので報告する。【方法】IRCに入所している患者情報を後方視的に調査し,入所者の概要,受傷からIRCに入所するまでの期間を調査した。医療保障制度はJV活動中に見聞した情報と文献・資料を収集し調査した。【結果】タイは人口約6,678万人,一人当たりGDPはUS5,647$の中進国である。東南アジアではシンガポールやマレーシアに次ぐ経済力のある国である。主産業は農業だが製造業がGDPの約1/3を占め,都市部の富裕層と地方の貧困層に所得格差がある。タイは国民皆保険制度を構築しており医療保障制度は三つに分けられる。①公務員医療給付②社会保険制度医療給付(民間被用者)③国民医療保障制度(自営業者など)である。しかし,一部の富裕層は公的医療保険に加入せず,民間医療保険に加入している。医療機関は大学附属病院,県や郡レベルの病院,基礎医療を行う保健センターがある。また,首都には富裕層や外国人向けに医療観光を行う一流私立病院も存在する。保健医療の人材は2006年で医師21,051人,看護師101,143人,理学療法士は6,702人であり,医師数の人口比は本邦の約1/6である。また,医療従事者は生活環境や所得が良い首都近郊に集中し,地方病院は医療水準が低い。リハビリは急性期から維持期までの一貫した制度は無い。医療保障制度の予算は充分ではなく,医療機関の利用に制限がある。そのため医療保障制度下にリハビリを受けられるのは急性期病院の入院期間(平均4日)のみで,継続したリハビリには自己負担が必要となる。脳血管障害を発症して入院した場合も初期治療が終了し状態が安定すれば退院となる。富裕層以外は充分な治療やリハビリが行われずに,心身機能やADLに障害を持ったまま退院する者が多い。タイの労災件数は129,632件(2011年)であった。日本は114,176件(2012年)と人口を比較すると件数の割合が多い。IRCは社会保険制度に加入している労災被災者を対象に医療・職業リハビリを提供している。他に国内に4施設ありその中心的役割を持つ。ベッド数120床,年間約200人を受け入れている。疾患は手指損傷43%,上肢切断11%,下肢切断9%,上肢骨折12%,下肢骨折8%,脊髄損傷5%,脳損傷4%,熱傷6%などである(2012~2014年6月)。平均年齢は37歳±11,男性が8割である。平均所得は全国平均よりわずかに高いが一般病院でのリハビリ費用の自己負担が困難なため,労働省の斡旋を受け入所する者が多い。受傷からIRCに入所するまでの期間は,平均445日±697であった。急性期病院退院後,一定期間の自宅療養後に入所となる者が多く,手指損傷や骨折,熱傷の患者は拘縮や瘢痕など重度な関節可動域制限を持っている者が多かった。また,医療保障制度の予算内で装具を作成できないため片麻痺患者に短下肢装具は処方されていなかった。ある脳卒中患者は急性期治療のみで自宅退院し何年も寝たきりで過ごしていた者もいた。社会背景により充分なリハビリを行うことが難しい環境にあり,CPは長い経験を有していたが物理療法や自主トレーニング処方が中心でこの様な患者に対応できていなかった。そのため現状の社会背景とIRCのニーズを踏まえ,日本のリハビリ制度などを講義形式で紹介し,早期から継続したリハビリの重要性を伝えた。また,入所者に理学療法を行いながら運動療法や装具療法などを紹介した。【考察】タイは国民皆保険制度を構築しているが治療やリハビリの予算に限度や医療機関の利用に制限がある。IRCの入所者は比較的貧しい者が多く,日本と同等の医療やリハビリを受けられない問題があった。国際協力においては,その国の課題を分析し,効果的な技術支援を検討することが不可欠である。リハビリ制度などの社会保障を一人のJVが変えることは困難だが,その社会問題を考慮しながらCPと協働し,臨床の問題に取り組んで行くことが大切であると考える。【理学療法学研究としての意義】今後,開発途上国で活動する後進に対して,活動の一助となると考える。

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© 2015 日本理学療法士協会
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