主催: 日本理学療法士協会
会議名: 第53回日本理学療法学術大会 抄録集
開催日: 2018/07/16 - 2018/12/23
【はじめに・目的】
脳卒中後遺症により手指動作が停滞したまま在宅復帰となり，日常生活動作（以下，ADL）で次第に麻痺側上肢を使用しなくなる症例は少なくない．本発表では，麻痺側上肢に一定の機能残存が予見されながらも不使用となっている脳卒中患者に対し，物体操作時の把持力を評価することで残存機能や現症状の把握を試み，介入効果を検証することを目的とする．
【症例紹介】
左放線冠の梗塞により右片麻痺を呈し約3年経過した60歳代女性．運動麻痺はBrunnstrom stage上肢Ⅲ，手指Ⅱ，深部腱反射は上腕二頭筋，円回内筋，深指屈筋に中等度亢進．感覚障害は検査上認めないが，閉眼時は「右手がどうなっているかわからない」と訴えていた．麻痺側上肢使用頻度の評価Motor Activity Log（以下, MAL）では該当項目なしであった．把持力評価には30mm3の立方体形状，3種類の重量設定が可能な把持力計測装置（テック技販製）を用いた．物体を把持し持ち上げ30秒保持する課題を各重量で実施し，課題の最中に生じる把持力の経時変化を観察するとともに物体重量に伴う把持力の調節の変化を定量化した．計測は1ヶ月毎に半年にわたって実施した．
【経過】
初期評価時には，麻痺側は物体形状に合わせた手指伸展（手掌開放）が困難であったため，把持した状態に設定する必要があったが持ち上げは可能であった．しかし，物体把持時に近位部の過剰努力を認め，遠位部は重量増大につれて手指が下垂し，近位部にいっそうの努力を求めて修正する様子が窺えた．また，物体把持中に閉眼を求めると手指下垂が顕著となるが自覚している様子もなく，手指の空間位置情報に対する視覚への高い依存が示唆された．これらのことから，感覚障害はないものの，長期間の不使用が影響し，把持に伴う物体重量や力発揮に関するフィードバックを手掛かりとした把持力調節が困難となった結果，近位部の過剰努力が生じているものと考えた．そこで，閉眼で麻痺側手指形態をセラピストが変化させ健側でそれを模倣する訓練や，近位筋の過剰努力を制御し対象物にリーチングするような教示・訓練を行った．1ヶ月後，手指機能に著明な変化はないが，把持力動作時の手指下垂が軽減，安定した把持力調節を認めた．これを契機に手指機能は改善に向かい，6ヶ月後，重い物体把持も不安定ながら可能となった．ADLでの麻痺手の使用頻度が向上し，MALでは3項目が該当，使用頻度の平均2.3/5点，使用程度の平均2.3/5点へと改善した．
【考察】
「動作」の要素は視覚的に把握することができるが，力の調節などの身体内で生じている変化を捉え切ることには一定の困難がある．把持力計測を通して外部観察上では捉えきれない「力」の要素を評価することは，病態解釈や介入指針の立案に重要な情報を提供するだけでなく，介入効果を捉える上で有用であることが示唆された．
【倫理的配慮，説明と同意】
発表，計測に先立ち症例に本発表の趣旨と内容，および調査結果の取り扱いなどに関して，文書による詳細な説明を行い，同意を得た上で実施している．
