理学療法学Supplement
Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: 1-P-E-2-5
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ポスター演題
アキレス腱断裂後ボルダリング動作獲得に至った一症例
-長母趾屈筋に着目して-
小山 裕隆倉持 右京上村 洋充
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抄録

【症例紹介】

 ボルダリングは高い岸壁を登るフリークライミングの一種であり、近年競技人口が増加し注目されている。しかしクライマーの66%がなんらかの傷害を経験し、受傷後リハビリテーションを受けていないクライマーが多い事が報告されている(加藤 2016)。今回、アキレス腱断裂後にボルダリングが困難となった症例を経験した。ボルダリングの特殊な動作に着目し、理学療法を行った結果、動作の改善が見られた為考察を踏まえ報告する。50歳代男性。ボルダリング中に転落し左アキレス腱断裂。翌日当院にてアキレス腱縫合術施行。3日後に両松葉杖にて足関節底屈装具装着位で自宅退院。53病日より足関節底屈装具抜去となり独歩は問題なくADL全自立となった。しかしボルダリングを行うとハイステップが行えない為、ハイステップ獲得に向け、63病日(初回評価)から計4回の外来理学療法開始。

 

【評価とリーズニング】

 初回評価として関節可動域(以下ROM)は左足関節背屈角度15°(右30°)、左母趾伸展角度(足関節背屈位)75°(右95°)。筋力はMMT左足関節底屈筋4。長母趾屈筋(以下FHL)はGRIP SAEHAN用いて左9㎏(右17㎏)。その他可動域、筋力は特に問題は認めなかった。筋パワー評価として立ち幅跳びは100㎝。ハイステップの動作観察にて膝より上のホールドに足尖部を乗せ一気に身体を持ち上げる動作が困難であった。

 

【介入内容および結果】

 理学療法プログラムとして足関節背屈、母趾伸展可動域向上に向けた可動域練習、Kagers fat pad (以下KFP)の柔軟性改善、左FHL筋力向上に向けた母趾屈曲運動、瞬発力向上に向けたプライオメトリック(伸長反射)を意識したボックスジャンプ、ハイステップの類似動作として母趾を階段の段差にかけ、反対側の下肢は一気に一つ飛ばしで階段に乗せるといった母趾を意識した課題特異的練習を実施。84病日(介入4回目)でROM左足関節背屈25°。左母趾伸展角度(足関節背屈位)85°。MMT左足関節底屈5。左FHLは15㎏。立ち幅跳びは180㎝まで改善しハイステップが行えるようになりボルダリング可能となった。

 

【結論】

 ハイステップ動作は膝より高い位置のホールドに母趾を乗せる為、足関節背屈だけでなく、母趾伸展可動域も必要である。今回53日間の足関節底屈位固定により足関節周囲の軟部組織の癒着や滑走性、柔軟性低下が生じ、KFPの柔軟性低下、足関節背屈、母趾伸展可動域低下が生じたと考えられる。クライミングシューズは通常の靴よりも小さく、つま先に荷重が集中されるような作りになっており、母趾を軸に乗せつつ身体を上方へ移動させる為、FHLの筋力が必要となる。さらにハイステップは瞬間的に身体を持ち上げる動作であり、筋力だけでなく筋パワーも用いる。足関節底屈筋の筋出力にはFHLの筋力が重要(Annamaria Peter 2005)であると報告されている。また立ち幅跳びは50歳代立ち幅跳び平均186㎝であり著しく低下している。筋パワーは筋力×速度であり、筋力が低下していると筋パワーも低下する。よってハイステップ獲得にはFHLの筋力が重要な因子であると考えた。以上よりハイステップ獲得に向けたFHL筋力増強練習、下肢全般の筋パワー向上を目的にボックスジャンプ、FHLを意識し母趾を軸にした課題指向型練習を実施しボルダリングが可能になったと思われる。KFPはアキレス腱とFHLの間に存在し、関節運動時のそれぞれの滑走性を補助している(熊井 2005)と報告されている。今後は超音波画像診断装置を用いてKFPやFHLの動態評価を早期に行い、問題点を明確にしていきたい。

 

【倫理的配慮,説明と同意】

 対象症例に対する倫理的配慮として、発表内容および目的等について十分に説明し文書により承認を得た。

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© 2019 日本理学療法士協会
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