主催: 日本理学療法士協会
会議名: 第54回日本理学療法学術大会 抄録集
開催日: 2019/09/07 - 2019/12/15
脳卒中治療ガイドラインにおけるリハビリテーションにおいて,発症から早期にリハビリテーション診療を実施し,脳の可塑性を高めるための運動学習や下肢運動,歩行運動を積極的に実施することが推奨されている。したがって,担当理学療法士は患者の脳の可塑性を高めるべく,運動学習理論を取り入れて,反復した練習や経験を介したリハビリテーションプログラムを提供している。しかしながら,このようなリハビリテーションプログラムを受けても,脳卒中による症状は完全に回復することは難しく,その後遺症は我が国における介護要因の第1位となっており,脳卒中生存者の25%程度しか自立した生活を送れないことや,25%の患者では介護付き施設への入所が余儀なくされることが明らかとなっている(Carmichael ST, et al., 2005)。したがって,脳卒中患者の身体機能や日常生活能力を最大限に向上させるためのリハビリテーションプログラムを発展させることは,患者や家族だけでなく社会的にも重要な課題であると言える。
近年,末梢神経や大脳皮質・海馬から産出される脳由来神経栄養因子(Brain-derived Neurotrophic Factor:BDNF)が神経のシナプス結合や記憶の強化などの脳の可塑的変化を高めることや神経損傷後の保護作用を有していることが明らかとなっている(Coelho FG, et al., 2013)。BDNFは活動依存性のタンパク質であり,糖尿病患者や認知症患者,精神疾患患者で低下していることや,中高強度の有酸素運動によってBDNFが上昇し,認知機能が改善することが明らかとなっている(Erickson K, et al., 2011)。我々の健常者を対象とした研究では,中高強度の身体活動では血中BDNFの上昇を認めたが,認知課題ではBDNFは反応せず,認知課題と運動課題を同時に実施する二重課題においても相乗反応を認めなかった(Miyamoto T, et al., 2018)。このことは,認知活動と身体活動は別々のメカニズムで脳の可塑性に作用する可能性を示唆しており,先行研究を支持する結果であった(Fisler P et al., 2013)。また,我々は,随意的な運動を実施できない対象に対しても有酸素運動の効果が享受できるように,物理療法を用いた代替的手段を模索している。大脳からの指令なしでBDNFが反応することから(Miyamoto T, et al., 2018),運動を含めた骨格筋の活動がいかに中枢神経に重要であるかを示唆している。
現在の脳卒中治療ガイドラインにおいては,有酸素運動は体力低下に対するリハビリテーションとして推奨されているが,近年の報告から考えると,中高強度の有酸素運動は単に持久力を高めるだけでなく,脳の可塑性につながる可能性を有している。そのため,運動学習を通した理学療法のみではなく,持久力を向上させるようなリハビリテーションプログラムは脳卒中患者の身体機能や日常生活動作能力をさらに改善する可能性を秘めている。しかしながら,現在のところ,脳卒中患者を対象としたBDNFに関する報告は非常に少ないのが現状であり,リハビリテーションプログラムがBDNFに与える影響をはじめ,脳卒中発症後のBDNFに対する影響因子,BDNFが身体機能改善に与える影響など,そのほとんどが明らかとなっていない。本シンポジウムでは,これまで報告されている脳卒中患者のBDNFに関する知見に加えて我々の研究を紹介し,脳卒中患者に対するリハビリテーションプログラムの発展の可能性と今後の展開について内部障害領域の見地から考えたい。