臨床神経学
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委員会提言
日本神経学会による災害対策:神経難病リエゾンの役割について
中根 俊成溝口 功一阿部 康二熱田 直樹井口 保之池田 佳生梶 龍兒亀井 聡北川 一夫木村 和美鈴木 正彦髙嶋 博寺山 靖夫西山 和利古谷 博和松原 悦朗村松 慎一山村 修武田 篤伊東 秀文日本神経学会災害対策委員会
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2020 年 60 巻 10 号 p. 643-652

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Abstract

東日本大震災の甚大な被害を踏まえて日本神経学会の災害対策活動はスタートした.2014年,正式に日本神経学会災害対策委員会が発足し,災害支援ネットワーク構築と指揮発動要件設定を行い,模擬訓練を実施した.2016年の熊本地震で我々は平常時の難病患者リスト作成,個別支援計画策定の重要性を認識し,避難所等における難病患者のサポートのあり方を検討した.2017年,我々は災害対策マニュアルを刊行し,難病患者の災害時調整役として各都道府県に神経難病リエゾンを配置することを定めた.神経難病リエゾンの役割は「被災地の情報収集・発信」,「医療支援調整」,「保健活動」であり,平常時と災害時の活動が期待される.

Translated Abstract

Disaster countermeasures have been implemented by the Japanese Society of Neurology based on the experience of support to the areas affected by the Great East Japan Earthquake on March 11, 2011. The countermeasures activity began at the end of 2011. We, the Committee for Measures Against Disaster, officially started work in 2014. We developed a support network to urgently deal with patients with intractable neurological disease at the time of disaster and strengthen disaster measures, including effective disaster countermeasure training. During the 2016 Kumamoto earthquake, we realized the need to prepare for natural disasters, leading to a state of emergency, at normal times. A list of vulnerable people should be prepared and the individual support plan for disaster should be confirmed during normal times. Furthermore, during disaster, livelihood support is required for patients with intractable neurological disease living in evacuation centers in affected areas. Therefore, we compiled and published the book, titled “The manual of disaster countermeasures,” in 2017. The Committee for Measures Against Disaster in the Japanese Society of Neurology has appointed a liaison officer for patients with intractable neurological disease in each prefecture. The liaison’s role of is gathering and disseminating information on the disaster-hit areas, arranging medical support, and coordinating health activities, when natural disasters occur. It is hoped that the liaison officer will play an active role both at normal times and during disaster, even unforeseen ones. Although we hope for the best, we aim to be prepared for the worst.

はじめに

「難病患者とその家族はいかにして平常時から災害に備え,災害時を乗り越えるべきか」は患者とその家族だけではなく,難病医療に携わる医療従事者にとって大きな課題であり続けている1

1995年の阪神淡路大震災,2004年の新潟県中越地震など大規模自然災害の経験から難病患者の特性に配慮した独自の災害対策が必要であることが明らかになった.一般住民にとって最も重要な災害対策は自助であるが,難病患者でも同様である.しかし患者自身が自助の準備を行うことは困難であり,公的支援が必要である.公的支援を策定し,着実に実践していくためには難病医療に携わる医療従事者と最前線である市町村,難病行政を実質的に担う都道府県,特に保健所との連携は必須である.難病患者の災害時期に応じた目標はFig. 1の通りであるが,難病の時間的経過からも考える必要がある.難病には進行性経過を辿る疾患もあり,病状や病期に応じて支援内容の柔軟な改変が必要となる.

Fig. 1 難病患者の災害時期別目標.

2011年3月11日の東日本大震災は難病患者とその家族,医療従事者に様々な試練と教訓を与えた2)~8.2012年より日本神経学会では災害対策活動を開始し,2014年に正式に災害対策委員会が発足した9.本稿ではまず災害対策における難病の位置づけから難病の災害対策の経緯までを述べる.そして災害時の難病患者の医療調整支援のありかたを紹介し,2018年に神経学会によって各都道府県に配置された神経難病リエゾンに求められる活動を概説する.

災害対策における「難病」の位置づけ

1) 行政による難病患者の災害対策

我が国の防災に関する組織・予算・税制,法令・制度については内閣府「防災情報のページ」で俯瞰,確認することができる10.第二次世界大戦より以前の我が国には「罹災救助基金法」(1899年)があったが,救助活動全般にわたる規定が設けられていないなどの問題点が指摘されていた.第二次世界大戦後,南海地震(1946年)を契機に「災害救助法」が1947年に制定され,災害直後の応急的な生活の救済などを定めた11.その後,伊勢湾台風(1959年)を契機として広域的な大規模災害に対応する体制整備のために1961年に「災害対策基本法」が制定された12.これによって防災に関する基本理念が定められ,国民の生命と財産を災害から保護するために国,地方公共団体等を通じて必要な体制確立,防災行政の整備と推進が図られた.

防災行政上初めて「避難における要配慮者」(いわゆる「災害弱者」)の条件と具体例(Table 1)が示されたのは防災白書(1991年度版)である1314.要配慮者としては災害対策基本法により「高齢者,障害者,乳幼児その他の特に配慮を要する者」と定義されており(災害対策基本法第8条第2項第15号),難病患者はここに入る.2005年には「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」が取りまとめられ15,2013年に「災害対策基本法」が改正された16.後者は同法において要配慮者の中で特に支援が必要な者に関して市町村が「避難行動要支援者名簿」を作成することを定めたもので,同年,「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」が示された(Table 217

Table 1  災害弱者の定義(平成3年度版防災白書より).
① 自分の身に危険が差し迫った時,それを察知する能力がない,または困難な者.
② 自分の身に危険が差し迫った時,それを察知しても適切な行動をとることができない,または困難な者.
③ 危険を知らせる情報を受け取ることができない,または困難な者.
④ 危険をしらせる情報を受け取ることができても,それに対して適切な行動をとることができない,または困難な者.
〈具体例〉
● 障害者(肢体不自由者,知的障害者,内部障害者,視覚障害者,聴覚障害者)
● 傷病者
● 体力の衰えた,あるいは認知症の高齢者(自分自身で避難が出来る高齢者は災害弱者として扱わない場合が多い)
● 妊婦(健常者に比べて重い保護を必要とする)
● 乳幼児・子供(健康でも理解力・判断力が乏しい)
● 外国人(日本語が分からない)
● 旅行者(その場所の地理に疎い)
Table 2  避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針(平成25年8月).
1. 改正災害対策基本法に基づき取り組む必要がある事項
 1) 全体計画・地域防災計画の策定
 2) 避難行動要支援者名簿の作成
  ① 要配慮者の把握
  ② 避難行動要支援者名簿の作成
  ③ 避難行動要支援者名簿の更新と情報の共有
  ④ 避難支援等関係者への事前の名簿情報の提供
 3) 発災時等における避難行動要支援者名簿の活用
  ① 避難のための情報伝達
  ② 避難行動要支援者の避難支援
  ③ 避難行動要支援者の安否確認の実施
  ④ 避難場所以降の避難行動要支援者への対応
2. さらなる避難行動支援のために取り組むべき事項
 1) 個別計画の策定
 2) 避難行動支援に係る地域の共助力の向上

2) 厚労省研究班による難病患者の災害対策

厚労省研究班における災害対策プロジェクトチームは「重症難病患者の地域医療体制の構築に関する研究」(2008~2010年度)よりスタートし,2008年に「災害時難病患者支援計画を策定するための指針」が研究班の災害時難病患者支援計画策定検討ワーキンググループによって示された18.以降は「希少性難治性疾患患者に関する医療の向上及び患者支援のあり方に関する研究」(2011~2013年度),「難病患者への支援体制に関する研究」(2014・2015年度),「難病患者への地域支援体制に関する研究」(2016・2017年度)において「難病患者の災害対策に関する指針」が示された19.また上記のうち「希少性難治性疾患患者に関する…」班によるワークショップ「東日本大震災と難病~今何をすべきか」(2011年8月・東京)は被災地の医師,患者受入地域の医師,難病ネットワーク,看護・介護,医療機器を扱う会社,難病患者,行政と幅広い参加を得て,それぞれの立場での経験,問題点や限界等が発表,議論された20.2020年現在,厚労省研究班における活動は「難病患者の総合的支援体制に関する研究」に引き継がれている21

3) 各自治体,各疾患患者団体等による難病患者の災害対策

都道府県レベルでは早い時期より災害対策マニュアルが策定されている(最も早いのは「和歌山県障害者・高齢者・難病患者防災マニュアル」2000年).東日本大震災以前に,1都1道26県10市(1区を含む)で災害弱者を対象とした災害対策マニュアルがインターネット上に公開されていた18.近年,各自治体による災害弱者を対象とした災害対策マニュアル公開はさらに進んでいる.

患者団体が災害対策マニュアルを公開している場合もある.筋ジストロフィーについては日本筋ジストロフィー協会が災害時対策の全国調査を行い,災害対策パンフレットをインターネット公開している22.筋萎縮性側索硬化症(ALS)に関しては日本神経学会による診療ガイドライン2013において「難病ネットワーク,福祉サービス,災害時の対処」は一章を割いて説明されている23.病院レベル,自治体レベルでALSの災害時医療支援に取り組む事業や,報道機関による特集など社会的関心も高まっている24)~26

日本神経学会による神経難病患者の災害対策

1) 東日本大震災と災害対策委員会の発足

日本神経学会において災害対策が本格的に整備されたのは東日本大震災以降である.発災当年と翌2012年の日本神経学会学術大会ではそれぞれ「東日本大震災緊急フォーラム」(第52回・名古屋),シンポジウム「東日本大震災:あれから一年」(第53回・東京)が企画された.第52回大会(2011年・名古屋)では被災各県の直近の状況報告に加え,シンポジウム「神経難病患者の総合的支援」も催され,在宅難病患者の災害時支援計画の重要性について発表がなされた.第53回大会(2012年・東京)「東日本大震災:あれから一年」では被災各県の現況報告だけではなく,各発表では難病の災害対策における課題として発災後時期別の諸問題,情報収集体制(通信のダウンによる混乱など),広域医療搬送,医薬品・物資等の支援・供給不足,人工呼吸器等の停電時の対応,などで指摘された27)~32.さらに「日本神経学会災害支援プログラムの策定に向けて」と題しての発表を阿部康二(岡山大学)が行った32.これは2011年にIT化推進委員会が災害時医療支援体制の整備の任に当たることが神経学会理事会で承認されたことに由来している33

第54回大会(2013年・東京)ではシンポジウム「神経疾患患者救済のための神経学会災害対策ネットワーク作り」が企画され34)~37,青木正志(東北大学)により在宅人工呼吸器使用患者の停電時電源確保に向けた取り組みの重要性が提言された35.同シンポジウムで阿部康二がIT化推進委員会委員長の立場から「神経疾患患者の災害時救援は,患者救済という点で平時における患者治療と同等の意義がある」という理念を示した37.必要な取り組みとして 1)独自の災害ネットワークを設立と災害時の神経疾患患者救援,2)国や地域行政・関連団体と協力しながら災害ネットワークの確立と運用,3)災害ネットワークの当面の対象は発災時に自力避難困難な在宅療養中の神経難病患者,4)平時には災害対策ネットワーク体制を学会ホームページなどで常時整備更新,5)発災時には患者受入可能施設の公表及び安否確認,患者移送・救援物資配送・救援隊派遣などに対応,を提示した37.これらの取り組みは本委員会の活動方針として受け継がれている.

第55回(2014年・福岡)~第60回学術大会(2019年・大阪)においても難病医療,在宅医療,災害医療のいずれかもしくは複数がシンポジウムのテーマとして設定され38,神経学会の災害対策に東日本大震災が大きな影響を与えたことは言を俟たない.

上述の通り,学会の災害対策については2012年よりIT化推進委員会が兼務して実質的にスタートしていたが,2014年に正式に災害対策委員会が発足した9.災害支援ネットワーク模擬訓練が1回目(2013年)はIT化推進委員会によって,2回目(2015年)は災害対策委員会によって行われ37,指揮発動(Table 3),災害支援ネットワークシステム,患者搬送・受入が有効に稼働するかの検証がなされた3739

Table 3  指揮発動要件(2013年4月4日,日本神経学会).
● 震度6弱以上の場合
● マグニチュード7.0以上の場合
● 大規模停電の場合
● 大津波警報の場合(3 m<)
● 原発被害の場合
● 大雨,大洪水,大規模火災など
● その他,本部長が必要と認めた場合
指揮発動順位(2013年4月4日,日本神経学会)
レベル1)安否確認:電話,日本神経学会災害伝言板
レベル2)電源・医薬品・機器配送:関連団体とも連携
レベル3)患者移送(在宅患者・入院患者):受入先の確保,移送の実行

2) その後の災害発生と「日本神経学会災害支援ネットワーク」

2016年4月に熊本地震(前震,本震いずれも震度7)が発生し,災害対策委員会発足後初めての実災害対応となった.この災害は指揮発動要件に該当し,指揮発動順位レベル1(安否確認と災害伝言板)が発動された(Table 3).本委員会は災害支援ネットワーク立ち上げ,被災状況の確認,在宅人工呼吸器装着患者の安否確認,他府県医療施設での患者受入態勢の確認,被災地派遣医師募集などの医療支援に発災後速やかかつ組織的に動いている40.熊本地震では在宅人工呼吸器装着患者の電源不足は発生せず,救援物資配送のニーズよりも飲料水・下水用水のニーズが多く寄せられた.家屋倒壊の恐れのある重症神経難病患者の搬送は早い時点で実施された.学会以外の機関とは日本ALS協会事務局・各県支部との協力が円滑になされた.これまでに各疾患の診療,現地における災害対応の実際については報告されており41)~45,難病患者の声は熊本県難病・疾病団体協議会の調査に反映されている46.現地の病院や保健所では台風・水害発生時の対策マニュアルの応用で乗り切った事例や平常時の災害対策(個別の家庭訪問,個別計画作成,災害図上訓練など)により避難行動支援が機能した事例も経験されている47

しかし熊本地震では新たな問題点として,1)避難行動要支援者名簿や災害時難病患者の避難行動要支援者個別計画(個別計画)が平常時からできていたか,2)避難所と福祉避難所の区別が曖昧で,福祉避難所の存在を知らない住民や関係機関が多かった(車中泊など指定避難所以外に避難している難病患者の把握困難),3)避難所では難病患者をケアできるスペースがなかった,4)避難生活の長期化による病状悪化や治療費・生活費等の不安を抱える患者が多かった,などがあり4748,問題点の一部は報道もなされた4950.これらの多くは「平常時の備え」として推進することで対応できるのではないかという考えから災害対策委員会では災害対策マニュアルの策定に向けて動くこととなった.

3) 日本神経学会災害対策マニュアル

2016年秋より災害対策委員会は災害対策マニュアル作成を開始し,その後,同委員会及び理事会による推敲と承認を経て,2017年10月に刊行した.災害時の指揮発動要件,発動権限者,指揮発動順位,発動解除についてはこのマニュアル中にも述べられている(下記よりダウンロード可能:https://www.neurology-jp.org/network/pdf/disaster_manual.pdf)39.本マニュアルは災害対策委員会が行ってきた活動方針を踏襲しつつ,災害における難病患者の医療支援の連絡役,調整役として各都道府県にリエゾンを配置する,としたのが特色である.各都道府県のリエゾンは神経難病ネットワーク長(大学病院あるいは難病診療連携拠点病院の神経内科長)とともに難病患者の災害医療連携の要となることが明記された.本マニュアルは平常時と災害時に起こり得る問題と対策をチェックリスト形式でまとめたものである39

災害時難病医療支援の調整と神経難病リエゾン

1) 災害時の医療支援において神経難病リエゾンは必要か

災害時には各フェーズにおいて様々な医療支援団体が活動をする(Fig. 2).調整役として災害医療コーディネーターなどがいるが,難病医療に特化して医療調整を行う人員はこれまでなかった.

Fig. 2 災害における医療支援の時間的経過.

災害時の医療救護活動のフェーズは発災直後(0~6時間),超急性期(6~72時間),急性期(72時間~1週間),亜急性期(1週間~1カ月),慢性期(1~3カ月),中長期(3カ月以降)となっている.脳神経内科診療の専門性が発揮され始めるのは,地域医療やライフライン機能,交通機関が徐々に復旧し始める亜急性期からであることがこれまでの被災経験からは指摘されている2941.図には示されていないが,通常の医療体制が回復するに伴って活動の中心は医療救護から保健活動へと移行していく.保健活動拠点の立ち上げや情報収集などの保健活動は急性期から必要な場合もある57

われわれ災害対策委員会メンバーは総務省による「平成30年度大規模地震時医療活動訓練」(2018年8月4日・大分県庁)にオブザーバーとして参加した.その規模,リアリティ,訓練参加者の高いモチベーション,知識量と行動力に圧倒されたが,小児周産期リエゾンと災害派遣精神医療チーム(DPAT)の活動が難病におけるリエゾン活動の参考になることがわかった.小児周産期症例と神経難病症例に共通する,1)搬送困難なケースが多い,2)搬送対象が本人と家族であるケースが多い,3)合併症を有するケースが多い,がその理由として挙げられよう.災害弱者のための災害時医療として小児周産期リエゾンや DPATの活動は重要視されており,難病患者の災害時医療もこれらと同様と考えられる.訓練参加時に災害急性期医療を担う災害派遣医療チーム(DMAT)メンバーと神経難病リエゾンの必要性と役割について協議した.その際にDMAT側から「災害時,難病患者をどうトリアージしていくか,情報を収集していくかを明確にしてほしい」との要望がなされ,リエゾンの必要性を再認識した.

2) 神経難病リエゾンのミッションの設定

上述の通り,小児周産期領域ではすでにリエゾン活動がスタートしている.2014年度厚労科研「東日本大震災の課題から見た今後の災害医療体制のあり方に関する研究」の分担研究課題「災害時の小児医療に関する研究」にてリエゾン活動提案,2015年に活動要領検討51,2016年に小児周産期関係9学会によるリエゾン設置の厚労省医政局長宛要望書提出に至っている52.同年4月の熊本地震では現地で実際に小児周産期リエゾンが「情報の収集・発信」,「医療支援調整」,「保健活動」に従事し,12月に第1回リエゾン養成講習会が開催されている52

神経難病リエゾンは2017年に各都道府県に配置されることが神経学会によって承認され,2018年にリエゾンとネットワーク長の担当者が決定した.災害対策委員及び各都道府県のリエゾン出席のもと,懸案であった第1回リエゾン連絡協議会が2020年2月11日に東京にて開催された.上記のマニュアルではリエゾンの役割として「被災地の情報収集・発信」,「医療支援調整」,「保健活動」を理想として掲げた(Fig. 3).しかし現段階では負担過重となる可能性を憂慮し,リエゾンがまず取り組むべきミッションとして,

Fig. 3 神経難病リエゾンの役割とミッション.

神経難病リエゾンの本来の役割は【災害時】の「被災地の情報収集・発信」(赤色),「医療支援調整(搬送等)」,「保健活動」である.災害が発生した際には様々な医療チームや各種専門支援チームが入ってくるので,情報を共有し,確実な診療と効果的な支援が行われるためには調整役が本来は必要である.現在,リエゾンのミッションは災害発生時,当該及び近隣都道府県のリエゾンによる「被災地の情報収集・発信」(赤色)に専念することである.そして【平常時】には「都道府県における在宅人工呼吸器装着患者リストのチェック」(赤色),「リストアップ患者の個別計画策定推進の行政への要請」(赤色)を現在のミッションとしている.

①学会災害支援ネットワーク掲示板を用いて「被災地の情報収集・共有・発信」(災害時)

②各都道府県における在宅人工呼吸器装着患者リストのチェック(平常時)

③上記②にリストアップされた患者の個別計画策定推進の行政への要請(平常時)

の3点を確認し,これらを進めていくこととなった(Fig. 3).平常時のミッションとして挙げている②と③について以下に述べる.②は在宅人工呼吸器装着患者リストが各自治体の行政によって作成・管理されているかの確認を意味する.もし未作成の場合は行政側と協議の上で各自治体におけるリストの作成が必要となる.その上で③が続いてのミッションとなる.③ではリストアップされた在宅人工呼吸器装着患者に関して避難行動等に関する個別計画を行政側が予め策定することの推進を挙げている.上述の通り,これら②と③こそ,平成25年「避難行動要支援者の避難行動支援に関する取組指針」(Table 2)に示された事項であり,熊本地震で不備を確認された問題点である.平常時の備えこそが最も重要な災害対策である.

おわりに

1) 感染症と自然災害による複合災害のリスク

本稿はCOVID-19の世界的大流行下に執筆した.この間,複合災害に関する報道を目にした53)~55.感染症が蔓延する中で,大規模な自然災害が起きたらどう対処するか,という問題である.避難所は密閉,密集,密接の「3密」の危険空間であり,避難所における衛生管理と感染拡大防止策は事前に確認の必要があろう.分散避難など複合災害への備えを至急検討すべきである.また,在宅人工呼吸器装着患者のための消毒液の入手困難や介護人材の確保困難も報じられた.今後の個別計画策定においては「複合災害の時にどうするか」という視点も盛り込む必要が出てくると思われる.

2) “Done is better than perfect.”

本委員会の活動目標は「未経験の災害にどう対応するか」という態勢構築であり,実効性のある態勢を目指しているところである.一方,実災害への対応としては九州北部豪雨(2017年7月),大阪府北部地震(2018年6月),西日本豪雨(2018年7月),北海道胆振東部地震(2018年9月),令和元年房総半島台風(2019年9月),令和元年東日本台風(2019年10月)が指揮発動要件に該当し,災害対策ネットワーク本部設置,災害支援ネットワーク掲示板における被害状況,医療支援など情報収集・共有に努めた39

難病の災害対策は急務ではあるが,一朝一夕に完成するものではない.態勢構築の推進には「優先順位」に加えて「まず取りかかること」,「できることから始めること」も意識している(Fig. 4).難病の災害医療の認識が高まり,取り組む学会員が増えれば,学会員一人一人の災害医療における負担は減らすことができよう.個々人の立場や経験年数に関係なく,学会員が有する叡智や経験を今後の「難病の災害対策」にご教示頂くことをお願いしたい.

Fig. 4 日本神経学会による災害対策の「これまで」と「これから」.

災害対策委員会では「模擬訓練」から「神経難病リエゾン連絡協議会の開始」までの活動を進めてきた.今後,さらに実効性のある実践可能な災害対策を構築するためにすべきことは【これから】に記した.リエゾンに任命された学会員がバーンアウトすることなく役割,ミッションを全うするためにはリエゾン増員,ネットワーク機能の強化,適切な役割・負担かのチェックが重要である.その上で,新しい役割として災害時の医療支援調整(例:広域搬送),保健活動(福祉避難所のチェック,避難所のスクリーニング)の開始を検討する.また関連する学会(例:小児神経領域など)や団体(例:リハビリテーション,保健福祉など)との連携を考慮していきたい.定期的なリエゾン連絡協議会による人材育成とリエゾン活動の啓発を行い,最終的には公的な事業として医療計画に盛り込まれるための努力が必要と考えている.

3) 神経難病リエゾンと災害対策委員会の今後

小児周産期リエゾンをロールモデルとして神経難病リエゾンの取り組みはスタートし,上述のミッションを現時点で掲げている.さらに今後,取り組むべき案件は山積しており,中長期的視野で対処していきたい(Fig. 4).また,現在はリエゾンの配置は大都市圏を除くと多くは各県1名となっている.これからは各都道府県の地域区分に応じて全自治体で複数のリエゾン配置,そして新しくリエゾンに就任される脳神経内科医の第2回以降の連絡協議会への参加を促進したい.これはリエゾン一人当たりの業務過重を予防する手立てである.災害が発生した場合にはリエゾンもまた被災者となる可能性はあり,複数のリエゾンが各都道府県に配置されるのが望ましい.

平成の30年は地震が多発した30年とも言われているが56,災害は地震などの地象災害だけではない.気象災害(暴風,豪雨,豪雪など)でも大きな被害は出得る.各種報道,ウェブサイト,災害関連アプリからも災害の頻度が増していると実感される昨今,本委員会は関係諸団体とオープンに協力しつつ,神経難病リエゾンの活動を含む災害対策を充実させる方針である.

Acknowledgments

謝辞:各都道府県の神経難病リエゾン,神経難病ネットワーク長をお務めの先生がたに深謝申し上げます.また日本神経学会の災害対策を推進するにあたって有益なご助言,ご討論戴きました先生がたに謝意を表します.そして災害対策委員会の事務的な面を支えてくださいました日本神経学会事務局のみなさまに深く御礼申し上げます.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2020 日本神経学会
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