臨床神経学
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症例報告
造影MRIで視神経周囲に増強効果を認め,ステロイドパルス療法後に虚血性視神経症を発症した巨細胞性動脈炎の1例
田代 匠辻本 篤志中村 憲道
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2021 年 61 巻 12 号 p. 851-855

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要旨

症例は76歳女性.1ヶ月前からの頭痛と霧視を主訴に入院し,側頭動脈の圧痛と肥厚を認めた.血液検査で著明な炎症所見を認め,頭部造影MRIで両側の浅側頭動脈のみならず視神経周囲に増強効果がみられた.視力,視野,眼底に異常はなかったが,中心フリッカー値は軽度低下していた.巨細胞性動脈炎を疑い,入院翌日に右浅側頭動脈生検を施行し,病理で巨細胞性動脈炎に矛盾しない所見を得た.ステロイドパルス療法とアスピリンを開始したが,ステロイド治療後にも関わらず左虚血性視神経症を発症した.造影MRIでの視神経周囲の増強効果は巨細胞性動脈炎の眼合併症の評価と治療において有用と考えられた.

Abstract

A 76-year-old woman with a 1-month history of headache, jaw claudication, scalp tenderness, and blurred vision was admitted to our hospital. Erythrocyte sedimentation rate was highly elevated. Brain MRI showed marked perineural optic nerve enhancement and superficial temporal artery enhancement bilaterally. Neuro-ophthalmic examination detected left dominant decline in critical fusion frequency whereas visual acuity, visual fields, and ophthalmoscopy were normal. Intravenous pulse methylprednisolone was administered for 3 days to treat suspected giant cell arteritis (GCA); however, visual acuity in the left eye declined and horizontal hemianopia developed. Ophthalmoscopy revealed pallid optic disc edema on the left. Histopathologic examination of a right temporal artery biopsy specimen showed intimal thickening, mild mural inflammation consisting predominantly of lymphocytes with occasional giant cells, and focal disruption of the internal elastic lamina, consistent with GCA. Perineural optic nerve enhancement on contrast-enhanced MRI may be a valuable clue for diagnosing ischemic optic neuropathy and may indicate the need for urgent treatment.

はじめに

巨細胞性動脈炎は大型から中型の動脈を侵襲する血管炎で,大動脈や主要分枝,特に頸動脈の分枝(浅側頭動脈,後頭動脈,眼動脈,後毛様体動脈)や椎骨動脈が侵されやすい‍1.最も重要な臓器障害は眼動脈病変であり,失明予防のため迅速な診断と治療を要する眼科的緊急疾患である一方,発症から診断までに中央値35日(2~336日)を要している‍2.今回我々は,頭部造影MRIで視神経周囲に著明な増強効果を認め,ステロイド治療後にも関わらず虚血性視神経症をきたした巨細胞性動脈炎の1例を経験した.今後の診断,治療を進める上で教訓的な症例と考えられたため報告する.

症例

症例:76歳女性

主訴:頭痛,霧視

既往歴:気管支喘息,両白内障.

家族歴:特記すべき事項はない.

現病歴:1ヶ月前から頭痛,微熱,両眼の霧視が出現した.近医を受診するも異常を指摘されず,アセトアミノフェンは無効であった.来院4日前から霧視が増悪したため当科を紹介受診し,同日入院した.

一般身体所見:身長149 cm,体重37 kg(1ヶ月で5 kg減少).体温36.5°C,血圧145/66 mmHg,脈拍93/分 整.両側頭部の圧痛,右浅側頭動脈の肥厚と拍動消失,顎跛行を認めた.筋痛や関節可動域制限はなかった.神経学的には,意識清明,視野欠損や瞳孔不同はなく,対光反射は両側迅速で相対的求心性瞳孔異常もなかった.眼球運動は正常で眼球運動時痛はなく,顔面麻痺や構音障害を認めなかった.四肢運動系,感覚系,自律神経系に異常はなく,四肢腱反射は正常で病的反射を認めなかった.

検査所見:血液検査で白血球は6,800/μlと正常であったが,CRPは12.85 mg/dlと上昇し,赤血球沈降速度は133 mm/1時間と亢進していた.慢性炎症性の貧血(Hb 10.7 g/dl),低アルブミン血症(2.8 g/dl),血小板増多(46.8 × 104l)を認めた.アンギオテンシン変換酵素,甲状腺機能は正常範囲内で,梅毒,T-SPOTは陰性であった.免疫系ではリウマトイド因子が57 IU/mlと上昇していたが,抗CCP抗体,抗核抗体,抗ds-DNA抗体,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体,MPO-ANCA,PR3-ANCA,抗AQP4抗体(ELISA法)は陰性であった.造影CTで上行大動脈から腹部大動脈分岐部,左鎖骨下動脈近位部に壁肥厚を認めた.明らかな腫瘍性病変はなかった.頭部造影MRIでは両側の浅側頭動脈と視神経周囲に著明な増強効果を認め,左視神経の腫大と内部の増強効果もみられた(Fig. 1).

Fig. 1 MRI findings.

(A) Gadolinium-enhanced T1-weighted imaging (3 T; repetition time, 4 ms; echo time, 2 ms) shows bilateral superficial temporal artery enhancement (arrowheads). Axial (B) and coronal (C) images demonstrate bilateral perineural optic nerve enhancement (arrows). The axial image also shows left optic nerve enlargement and mild enhancement.

入院後経過:入院翌日に眼科を受診したところ,矯正視力は右1.0,左0.9と保たれ,眼底や視野に異常はなく,中心フリッカー値は右32.2 Hz,左27.8 Hzであった.眼科医の評価では霧視は白内障による影響と判断された.一方,身体所見上は巨細胞性動脈炎が強く疑われたため,同日局所麻酔下で右浅側頭動脈生検術を施行し,術直後よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mg/日,3日間)を行った.また,術翌日よりアスピリン100 mg/日も開始した.頭痛,顎跛行,右眼の霧視は速やかに改善したが,ステロイドパルス療法3日目終了後に突然左眼の視野欠損が出現した.左眼の矯正視力は0.1へ低下し,水平半盲,視神経乳頭蒼白浮腫を認めた.2回目のステロイドパルス療法を行うも左眼の視力,中心視野,周辺視野はいずれも不変であったが,治療後のMRIでは造影増強効果や左視神経腫大は改善していた.中心フリッカー値の再検は行っていない.病理では内膜主体に小型リンパ球の浸潤と肥厚がみられ,内腔狭小化,内弾性板の部分的断裂,多核巨細胞を含む肉芽腫を認めた(Fig. 2).1990年米国リウマチ学会分類基準3の全項目を満たし,巨細胞性動脈炎と確定診断した.後療法としてプレドニゾロン35 mg/日より漸減し,再発なく経過している.

Fig. 2 Histopathological findings in the right superficial temporal artery.

Hematoxylin and eosin staining (bar = 200 μm) shows fibrointimal proliferation, lymphocytic infiltration (A), and multinucleated giant cells (B). Elastica van Gieson staining (bar = 200 μm) demonstrates partial disruption of the internal elastic lamina (C).

考察

巨細胞性動脈炎の症候や検査所見に関するメタ解析では,陽性尤度比(positive likelihood ratio: LR+)は顎跛行(LR+, 4.90),側頭動脈肥厚(LR+, 4.70),40 × 104l以上の血小板増多(LR+, 3.75),側頭動脈拍動消失(LR+, 3.25),赤血球沈降速度100 mm/1時間以上(LR+, 3.11)で大きい4.本例は高齢発症の難治性頭痛,発熱,体重減少,顎跛行,側頭動脈異常,血小板増多,赤血球沈降速度亢進と典型的な症候を有し,霧視も一連の症状と考えたが,神経学的所見や眼科診察で明らかな視神経症を指摘できなかった.早期に浅側頭動脈生検を施行しステロイドパルス療法を行ったにも関わらず左虚血性視神経症を発症した.後方視的にみると中心フリッカー値は軽度低下しており,軽度の視神経症が存在していたものと考えられた.中心フリッカー値が優位に低下していた左眼では虚血性視神経症が顕在化した一方で,右眼ではステロイド治療後に霧視は改善し,虚血性視神経症の進行を回避できた.

巨細胞性動脈炎における眼症状は23~28%にみられ,内訳は霧視66%,失明13~19%と報告されており,眼症状の有無と発症からの期間に有意な相関はない56.前部虚血性視神経症が36~81%と網膜中心動脈閉塞症や後部虚血性視神経症に比べて多いが,特筆すべきは眼症状を有する症例の34%に眼科的異常がみられなかった点である57

本例は造影MRIで側頭動脈壁に加えて視神経周囲(視神経鞘)に著明な増強効果を認めた点が特徴的であった.側頭動脈壁の増強効果は感度80.6%,特異度97.0%で診断に有用とされている8.一方,視神経周囲の増強効果を呈する疾患は視神経周囲炎,サルコイドーシス,多発血管炎性肉芽腫症,梅毒,帯状疱疹,結核など多岐にわたり,巨細胞性動脈炎での報告例は渉猟した限り本例を含めて8例のみであった(Table 19)~14.全例とも側頭動脈生検で病理学的に確定診断されており,年齢は67~83歳,男女比は1:3であった.3例では眼症状は片側にも関わらず両側で視神経周囲の増強効果を認めた.ステロイド治療後に眼症状が増悪した例は6例(75%)に上った.Morgensternらは側頭動脈に加えて視神経鞘の生検も行い,視神経鞘でも内膜肥厚と多核巨細胞を含む貫壁性炎症,弾性板の部分的断裂という同様の病理学的所見がみられた症例を報告しており,軟膜血管網においても活動性炎症が存在することが示された9.視神経周囲の増強効果は炎症,二次性虚血,その両者によるblood-optic nerve barrierの破綻を反映した所見と考えられている911

Table 1  Characteristics of giant cell arteritis patients with perineural optic nerve enhancement on MRI.
Authors Age/sex Headache Temporal artery
abnormality
Initial ocular
manifestation
Perineural optic
nerve enhancement
Treatment Clinical outcome
Morgenstern et al9) 83M no no bilateral AION bilateral IVMP disease progression
Liu et al10) 83F yes unknown right PION bilateral IVMP disease progression
Liu et al10) 68F unknown unknown left AION left IVMP no improvement
Liu et al11) 67M no no left AION bilateral IVMP disease progression
Lee et al12) 82F unknown yes bilateral AION bilateral IVMP no improvement
Chen et al13) 79F no no bilateral AION bilateral oral prednisolone disease progression
Nguyen et al14) 82F yes unknown left AION bilateral IVMP disease progression
Our case 76F yes yes bilateral ION bilateral IVMP disease progression

AION, anterior ischemic optic neuropathy; PION, posterior ischemic optic neuropathy; ION, ischemic optic neuropathy; IVMP, intravenous methylprednisolone

前部虚血性視神経症は篩状板部より前方の血流障害に起因し,主に後毛様体動脈の血流支配を受ける.一方,後部虚血性視神経症の原因となる後篩状板部は軟膜血管網と網膜中心動脈の分枝に支配されている.内頸動脈から分岐した眼動脈は視神経管を通って後毛様体動脈,網膜中心動脈,涙腺動脈,眼窩上動脈などに分岐する.剖検例の病理学的検討によると浅側頭動脈,椎骨動脈,眼動脈,後毛様体動脈では高度な炎症性変化を高頻度に認め,椎骨動脈や網膜中心動脈では硬膜貫通部より遠位で炎症所見が途絶していた15.視神経は硬膜の延長である視神経鞘に覆われ,眼動脈や後毛様体動脈は豊富な弾性線維を有する一方,網膜中心動脈,内頸動脈,椎骨動脈はいずれも硬膜外から硬膜内に移行する際に弾性線維が極端に減少する.巨細胞性動脈炎の病態として弾性板に対する自己免疫反応の関与も指摘されており16,中型から大型の動脈を侵襲する巨細胞性動脈炎で眼動脈分枝の小血管領域に虚血性神経症をきたすことと関連しているかもしれない.本例でみられた水平半盲と視神経乳頭蒼白浮腫は前部虚血性視神経症の一般的な所見であるが,視神経鞘の外側を走行する後毛様体動脈の豊富な弾性線維に対する炎症が視神経自体に波及した場合も同様の所見をきたしうると考えられた.初診時の眼科所見も後部虚血性視神経症であった可能性があるが,同様に軟膜血管網の限局性の炎症でも呈しうるものと推察された.

治療はステロイドが基本であり,眼症状や神経症状がない症例ではPSL 0.5~1 mg/kg/日の初期投与,急激に上記症状が出現した場合はステロイドパルス療法ののちPSL 1 mg/kg/日の投与が推奨されている17.一旦眼症状をきたすと治療による改善は得られにくく,視力の改善は10~15%,視野の改善は4~5%に留まる1819.速やかにステロイドパルス療法を行っても9.9~27%に進行を認め,治療開始後5~6日以内に多いと報告されている1920.全層性の炎症細胞浸潤と内膜肥厚に伴う内腔閉塞が病理学的特徴であるが,ステロイドパルス療法によって炎症は沈静化されても内膜肥厚の進行抑制には一定の期間を要し,その間に虚血は進行し得ることが要因と考察されている19.一方で,ステロイドパルス療法の副作用に血栓症があり,投与直後に著明な血液凝固能の亢進をきたしうることが指摘されているが,血栓形成機序については未だ不明な点も多く確立していない21.Unizonyら22の報告では静脈血栓塞栓症のリスクはステロイド治療後よりむしろ診断時に最も高く,原疾患の病勢に伴う免疫学的機序が血栓傾向に寄与することが示唆された.本例でもステロイドパルス療法による血液凝固能亢進が虚血性視神経症の発症に寄与した可能性は否定できないが,2回目のステロイドパルス療法後に新たな血栓症の発症もなく,病状の進行によるものと考えた.失明のリスク因子は確立されていないが,虚血性視神経症の発症率は血小板増多群(37%)が非増多群(18%)に比べて高く,40 × 104l以上の血小板増多をリスク因子とする報告もある6.本例も血小板増多を認めたが,Table 1のうち血小板数の記載があるのはLiuら10の報告のみであり,83歳女性例が49.4 × 104l,68歳女性例が20.2 × 104lであった.渉猟した限り,造影MRIにおける視神経周囲の増強効果と眼合併症の予後に言及した包括的な報告はなく,今後の症例の蓄積が望まれる.

本例は1ヶ月前から霧視が持続し,造影MRIで視神経周囲に著明な増強効果を認めるも眼科的異常は中心フリッカー値の低下のみであり,眼合併症の評価に苦慮した.入院時からステロイドパルス療法を施行した場合に左虚血性視神経症を予防できたかは不明であるが,視神経周囲の増強効果は虚血性視神経症が顕在化する前から眼動脈領域において炎症や虚血が存在することを示唆しており,眼合併症の評価や迅速なステロイド導入の判断に有用であると考えられた.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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