臨床神経学
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症例報告
著明な徐脈を認め抗横紋筋抗体が陽性であった高齢発症の重症筋無力症の1例
藤田 理奈的場 俊森畑 宏一井上 学
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2021 年 61 巻 8 号 p. 543-546

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要旨

症例は79歳女性である.嚥下障害,構音障害などの球症状で初発し,日内・日差変動を伴う首下がりや四肢筋力低下を訴え来院した.抗アセチルコリン受容体抗体陽性の全身型重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)と診断したが,胸部CT上は明らかな胸腺腫を指摘できなかった.MG症状の悪化に伴って著明な徐脈を呈し,二度の胸骨圧迫が施行された.一時的ペースメーカーが留置されたが,血漿浄化療法とステロイド治療により徐脈は消失した.後に,抗横紋筋抗体である抗Kv1.4抗体と抗titin抗体の陽性が確認され,抗横紋筋抗体と徐脈との関連が示唆された.

Abstract

We report herein the case of a 79-year-old woman who experienced difficulties in swallowing, dysarthria, dropped head, and muscle weakness associated with diurnal and day-to-day variation. We made a diagnosis of generalized myasthenia gravis (MG) with anti-acetylcholine receptor antibodies. Contrast-enhanced computed tomography showed no sign of thymoma. As the MG worsened, the patient presented with severe bradycardia. Chest compressions were performed on days 6 and 7 after admission and she underwent implantation of a temporary pacemaker. The arrhythmia resolved after strong immunosuppressive treatment, and anti-striational antibodies, including anti-muscular voltage-gated potassium channel-complex (Kv1.4) antibody and anti-titin antibody, were subsequently detected. This case implies the possible involvement of anti-striational antibodies in bradycardia.

はじめに

重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記)は,神経筋接合部に局在するニコチン性アセチルコリン受容体(nicotinic acetylcholine receptor)を主な標的抗原とする自己免疫性疾患で,骨格筋の易疲労性や筋力低下を主徴とする.近年では胸腺腫合併MGで心筋炎などの心疾患を併発する症例が報告されており,ryanodine receptor,muscular voltage-gated potassium channel-complex(Kv1.4),titinなど横紋筋由来蛋白に対する自己抗体(抗横紋筋抗体)との関連が示されている12.本症例は抗アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor, 以下AChRと略記)抗体陽性に加え,抗Kv1.4抗体と抗titin抗体の両抗体が陽性であったが,胸部CT上は明らかな胸腺腫を伴わない高齢発症のMGであった.入院時の心電図,胸部X線,血清クレアチンキナーゼ(creatine kinase,以下CKと略記)に異常を認めなかったが,MGに心疾患を併発する場合に,胸腺腫の有無に関わらず抗横紋筋抗体測定の重要性を認識させる貴重な症例と考え,本症例の臨床経過を述べるとともに,胸腺腫や各種自己抗体との関連を既報告と対比して報告した.

症例

症例:79歳,女性

主訴:嚥下障害,構音障害

既往歴:リウマチ性多発筋痛症,ステロイド糖尿病,原発性胆汁性胆管炎(primary biliary cirrhosis,以下PBCと略記),自己免疫性肝炎,気管支喘息,高脂血症.

内服薬:プレドニゾロン(prednisolone,以下PSLと略記)5 mg/日,スルファメトキサゾール・トリメトプリム,ラベプラゾールナトリウム,シタグリプチン酸塩水和物,ウルソデオキシコール酸,テオフィリン,カルボシステイン,プランルカスト水和物,アトルバスタチンカルシウム水和物.

現病歴:2020年3月下旬から発熱,全身倦怠感,全身の疼痛が出現した.5月に当院総合診療内科での入院精査でリウマチ性多発筋痛症の診断を受け,PSL 10 mg/日が開始となった.その頃から物が飲み込みにくい,呂律が回らないという症状が出現し,耳鼻咽喉科で精査するも異常は認めなかった.8月頃から首下がり,10月頃から手足の力の入りにくさを自覚するようになったため,11月に当科精査入院となった.いずれの症状も日内・日差変動を認めた.

入院時現症:身長147 cm,体重62.1 kg,体温36.4°C,血圧143/80 mmHg,心拍数80/分,呼吸回数24/分,SpO2 97%(室内気).

神経学的所見:意識清明.両側眼瞼下垂を認めた.眼球運動制限は認めなかったが,全方向性に複視を認めた.両側閉眼は可能だが,容易に眼球結膜が露出した.発声は開鼻声で,長時間の会話継続は困難であった.食事摂取はむせるため,自宅ではミキサー食を摂取していた.運動系では,頸部筋と上肢近位筋優位の筋力低下を認めた.腱反射は,上肢で亢進していた.病的反射は認めなかった.感覚障害,協調運動系に異常は認めなかった.首下がりは著明で,易疲労性と呼吸困難感により長距離歩行は困難であった.

入院時血液検査:血算,凝固系は正常.CK 79 U/l,A1c 6.2%で生化学も正常.抗AChR抗体は40 nmol/lと上昇していた.抗ミトコンドリアM2抗体はIndex 11.8(正常値:7.0未満)と陽性.抗核抗体は80倍(Homogeneous型,Centromere型)であった.甲状腺機能や甲状腺関連抗体は正常で,膠原病関連自己抗体に特記事項はなかった.胸部X線は肺野透過性良好で,12誘導心電図は脈拍数84/分で正常洞調律であった(Fig. 1A).呼吸機能検査では,肺活量%VCが62.7%,1秒量%FEV1.0が87%と拘束性肺障害を認めた.前科入院時の躯幹部CTでは胸腺腫は指摘できなかった(Fig. 1B).

Fig. 1 X-ray photo and CT of the chest of the patient.

X-ray photo (A) and contrast-enhanced CT (B) showed no sign of thymoma on admission.

入院後経過:3 Hz反復刺激試験で顔面神経における複合筋活動電位の減衰現象を認め,エドロホニウム試験で眼瞼下垂,開鼻声,四肢挙上時間は改善し,MG(QMGスコア22点,MG-ADLスケール15点)と診断した.第3病日からPSL 10 mgに漸増したところ,喀痰排出力低下による窒息と自発呼吸低下を認めたため,集中治療室での人工呼吸器管理が開始となった.第4病日から免疫吸着療法を,第6病日からステロイドパルス療法を開始した.第5病日から脈拍数30/分台の一時的な無症候性徐脈を認めた.第6病日に脈拍数が20/分台に低下し,無脈性電気活動(pulseless electrical activity,以下PEAと略記)と判断され,胸骨圧迫が開始された.硫酸アトロピンの併用により,PEA覚知から2分後に自己脈が確認された.第7病日には頭位変換時に洞停止となり意識消失した.脈拍数が0/分となったため一時的に胸骨圧迫が施行されたが,開始直後に脈拍は改善した.心臓超音波検査では明らかな収縮機能低下は認めなかった.原因不明の徐脈発作として,第7病日に一時的ペースメーカー留置術が施行された.血漿浄化療法を計6回,ステロイドパルス療法を計2クール施行したところ,自発呼吸は安定し,眼瞼下垂や頸部筋の筋力低下は改善傾向を示し,第14病日に抜管した.一時的ペースメーカーの作動は第12病日以降認めず,第17病日に抜去した.以降,簡易モニターで明らかな不整脈は指摘されなかった.また,経過中に左室駆出率の保たれた心不全,並びに,低Alb血症によるうっ血を認めたが,Alb製剤の併用と利尿剤で改善した.後に抗横紋筋抗体である抗Kv1.4抗体,抗titin抗体陽性が判明した.後療法としてPSL 0.5 mg/kg/日とタクロリムス3 mg/日を継続し,顔面筋や頸部筋の筋力は良好な状態を保ち,球症状も消失した.しかし,CKは正常だが,四肢近位筋の筋力低下が持続した.当初は廃用症候群を疑っていたが,抗横紋筋抗体陽性であったことから,筋炎合併の除外を行った.上腕二頭筋での針筋電図は筋原性変化を示した.上腕MRIでは明らかな筋肉内の信号変化は認めなかった.ステロイドミオパチーの可能性は残り,PSLの漸減を行い,第42病日にリハビリテーション目的に転院した(転院時:呼吸機能検査を除くQMGスコア14点,MG-ADLスケール3点)(Fig. 2).

Fig. 2 Clinical course.

The patient was admitted to our hospital presenting with bulbar syndrome, dropped head and muscle weakness, and was diagnosed with generalized myasthenia gravis. The prednisolone dosage was increased slightly from 5 mg/d to 10 mg/d. However, the patient then experienced acute respiratory failure and was intubated. She was then treated multiple times with immunoadsorption plasmapheresis and intravenous methylprednisolone. As her condition worsened, she showed severe bradycardia on days 6 and 7 after admission, and underwent implantation of a temporary pacemaker. After treatment with immunosuppressive treatments, arrhythmia was resolved by day 12. The patient’s condition was then considered to be stable, and she was transferred to another hospital for rehabilitation on day 42. The change in the concentration of anti-acetylcholine receptor antibody along the treatment time course is shown at the bottom. PSL: prednisolone, IAPP: immunoadsorption plasmapheresis, IVMP: intravenous methylprednisolone, TAC: tacrolimus, AChR-Ab: anti-acetylcholine receptor-antibody.

考察

抗横紋筋抗体は基本的に抗AChR抗体陽性MG例で出現し,MGの特定の臨床像との関連が示されている1)~3.本症例は抗AChR抗体に加え,抗Kv1.4抗体と抗titin抗体が陽性であった.2007年に鈴木らは,抗横紋筋抗体の種類でMGの臨床分類を行っている3.その報告では,抗Kv1.4抗体陽性例と抗Kv1.4抗体/抗titin抗体の両抗体陽性例はMGの臨床像に差異はないとされ,抗Kv1.4抗体の有無でMGを分類している.抗Kv1.4抗体陽性例は,球症状やクリーゼなど重篤な経過をたどり,筋炎や心筋炎の合併が報告されている.特に心疾患の合併は致死的な転帰となり得るため,注意深い観察が要求される45.本症例はMG症状の悪化とともに徐脈が出現し,免疫治療後に不整脈が消失しており,抗Kv1.4抗体含め何らかの自己抗体が心筋や刺激伝導系に影響を与えていた可能性が考慮された.また,本邦からの洞不全症候群を伴ったMGの報告でも抗Kv1.4抗体が検出されており,抗Kv1.4抗体と洞不全症候群の直接の関連は示されていないが,抗Kv1.4抗体がKv1.4以外のカリウムチャネルにも影響を及ぼしている可能性やその他検出されていない自己抗体の関与の可能性が指摘された6

また,抗横紋筋抗体の種類は,MGの発症年齢にも関連している7)~9.以前より抗titin抗体は,60歳以上の高齢発症MGで検出されることが多いと報告されている.一方で,抗Kv1.4抗体陽性MGは平均発症年齢49歳とやや若年であった.2019年のKufukiharaらの報告では,13例の抗Kv1.4抗体/抗titin抗体の両抗体陽性MGの平均発症年齢は57歳(34~69歳)であるが,本症例はこれら既報告例に比べても高齢での発症であった9

その他,本症例ではPBCのマーカーとして知られている抗ミトコンドリアM2抗体も陽性であった.抗ミトコンドリア抗体は筋炎関連抗体としても知られており,2012年のMaedaらの報告では筋炎全体の11.3%に抗ミトコンドリア抗体陽性で,その内の33%に心筋障害を合併したと報告している10.この抗ミトコンドリア抗体陽性筋炎に合併した心臓障害の病因は未だに不明である.抗ミトコンドリア抗体はM1からM9までの抗体が知られており,筋炎と心筋炎を合併したMGに抗ミトコンドリアM7抗体が見いだされた症例は報告されている.しかし,この報告でも抗ミトコンドリア抗体との関連は不明としている1112.また,骨格筋病変の有無に関わらず,抗ミトコンドリアM2抗体は上室性不整脈の独立した危険因子であるとも報告されている13.本症例は,血液検査や画像検査で明らかな筋炎の合併が示されなかったが,抗ミトコンドリアM2抗体が関与していた可能性は考慮された.第99病日に再検した抗ミトコンドリアM2抗体のindexは2.9と陰性化しており,抗ミトコンドリアM2抗体と不整脈の関連は完全に否定はできなかった.しかし,10年以上にわたるPBC既往があり,徐脈発症前から長期に抗ミトコンドリアM2抗体が陽性であったことを考慮すると,今回の不整脈との関連は低いと考えられた.

抗横紋筋抗体は胸腺腫合併例に高率に検出されるとされるが,本症例では胸部CT上明らかな胸腺腫の合併は認めなかった.検索し得た範囲では,胸腺腫非合併の高齢発症MGで複数の抗横紋筋抗体が陽性の症例は数例報告されている911.胸腺は免疫の中枢寛容を司る臓器であり,その機能が障害されると様々な自己免疫疾患が誘発される.胸腺悪性腫瘍は傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurological diseases,以下PNDsと略記)と関連しており,MGは最も一般的な胸腺腫関連PNDsである.Zhouらの報告では,胸部CTでは検出できない程度の胸腺腫が存在していた可能性を指摘している11.PNDsは神経症状の出現と抗体の検出が腫瘍発見の数カ月から数年先行するとされており,本症例も定期的な画像フォローが必要であると考えられた.

おわりに

抗横紋筋抗体は特定の臨床像を示すMGとの関連が示唆され,心電図や心臓超音波検査での心機能評価ならびに手厚いモニタリングが必要であると考えられた.また,胸腺腫非合併例では,定期的な胸部画像評価も考慮すべきである.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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