臨床神経学
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症例報告
病変の自然退縮を認めた臨床的に中枢神経ゴム腫が想定された1例
野原 聡平由比 友顕
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2021 年 61 巻 8 号 p. 552-557

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要旨

症例は46歳男性.4ヶ月前から頭痛がみられていた.回転性めまい,嘔気が出現し当院へ救急搬送となった.頭部MRI造影T1強調画像で右中小脳脚と左前頭葉にリング状増強効果を呈する結節を脳表近くで認め,その周囲にFLAIR画像で高信号域を認めた.血液・髄液検査結果より神経梅毒と診断し画像所見から中枢神経ゴム腫と考えられた.HIV検査は陰性であった.経過観察中,治療前に施行したMRIで病変の自然退縮を認めた.ペニシリンGを14日間投与した後に病変は完全に消失した.その後再燃なく経過している.中枢神経ゴム腫の画像所見にはいくつかの特徴が知られているが,本症例では病変の自然退縮という珍しい所見がみられた.

Abstract

A 46-years-old man who complained of headache for 4 months was transported our hospital due to vertigo and nausea. Gadolinium-enhanced T1WI showed ring-like enhancements in the right pedunculus cerebellaris medius and left frontal lobe on the brain surface. Additionally, FLAIR images showed high intensity area indicating perilesional edema. We diagnosed the patient as neurosyphilis with his serum and cerebrospinal fluid findings, and considered him as cerebral syphilitic gumma because of brain MRI findings. An HIV test was negative. Follow-up MRI before treatment demonstrated spontaneous regression of these lesions, and after intravenous treatment with penicillin G for 14 days complete regression. Since then, he has had no sign of recurrence. Although there are some characteristic brain MRI findings of cerebral syphilitic gumma, spontaneous regression of these lesions in this case was an unusual finding.

はじめに

梅毒は梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)により生じる性感染症であり,近年増加傾向にある.梅毒感染者は通常,感染時期や症状から第1期梅毒,第2期梅毒,潜伏梅毒,第3期梅毒に分類されるが,その中で晩期梅毒とされる第3期梅毒の頻度は非常に少ない12.中枢神経ゴム腫は晩期梅毒であり,稀な疾患である3.非特異的な臨床症状や多様な画像所見を呈するため,脳腫瘍などの他疾患との鑑別が必要になる場合が多い4.今回,我々は経過観察中に施行したMRIで病変が自然退縮するという所見がみられた中枢神経ゴム腫が臨床的に想定された症例を経験したので報告する.

症例

症例:46歳,男性

主訴:頭痛,めまい

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:飲酒なし.喫煙なし.42歳頃に複数回の性風俗店の利用歴あり.海外渡航歴なし.

現病歴:46歳時,入院4ヶ月前から前頭部の頭痛が持続していた.約4ヶ月後に回転性めまい,嘔気が出現し,当院へ救急搬送となった.搬送前日に咽頭痛,頭痛がみられていた.搬送時に施行した頭部MRIで頭蓋内病変を認めたため,当科へ紹介となった.

入院時現症:身長170.0 cm,体重76.0 kg,体温37.3°C,血圧137/90 mmHg,心拍数70/回・整で,微熱を認めた.一般身体所見に異常はみられず,皮疹は認めなかった.神経学的に明らかな異常所見は認めなかった.認知機能検査はMini-Mental State examination(MMSE)は30点,改訂長谷川式簡易知能評価スケールは29点だった.

検査所見:血液検査では白血球は9,900/μl,CRPは2.33 mg/dlと軽度上昇していたが,他の血算,生化学は異常なかった.アンジオテンシン変換酵素の上昇はなかった.各種自己抗体は陰性であった.感染症スクリーニング検査では,Treponema pallidum hemagglutination test(TPHA)定量は10,336 U/ml,Rapid plasma regain(RPR)定量は16.2 R.U.でともに上昇しており,Fluorescent Treponemal Antibody-absorption(FTA-ABS)定性も陽性であった.HIV抗原・抗体は陰性で,結核菌特異的IFN-γも陰性であった.β-D-グルカンの上昇はなく,カンジダ抗原,アスペルギルス抗原,クリプトコックス・ネオフォルマンス抗原は全て陰性であった.腫瘍マーカーはCEA,CA19-11,AFP,可溶性IL-2レセプターを測定したが,いずれも異常なかった.髄液検査では初圧270 mmH2O,終圧130 mmH2Oと髄液圧が高値で,細胞数111/μl(単核球89%,多形核球11%),総蛋白65.0 mg/dl,IgG-index 2.44,オリゴクローナルバンド陽性であった.細胞診はClass Iで,細菌,結核,真菌の各種培養は陰性だった.髄液中TPHA定量1,432 U/ml,RPR定量4.6 R.U.でともに上昇しており,FTA-ABS定性も陽性であった.頭部MRIでは右中小脳脚と左前頭葉底部にT1強調画像低信号,T2強調画像高信号,FLAIR画像高信号を呈する病変を認めた.拡散強調画像で拡散制限はなく,血管性浮腫が示唆される所見と思われた.造影T1強調画像では,右小脳内側上部と左前頭葉底部に軟髄膜にそって増強される結節がみられた(Fig. 1).高分解能造影T1強調画像でいずれの内部も増強不良域(リング状増強効果)を呈していた(Fig. 2).体幹部CTで転移除外等のためにスクリーニングをしたが,特に異常はなかった.

Fig. 1 Brain MRI findings on the first admission.

(A, B, and C) Axial T1-weighted images (T1WI) (1.5 T; TR 450 ms, TE 8.90 ms) showing low intensity area in the right pedunculus cerebellaris medius and left frontal lobe, and (D, E, and F) axial FLAIR images (1.5 T; TR 10,000 ms, TE 108 ms) showing high intensity area. (G, H, and I) Axial gadolinium-enhanced T1WI (1.5 T; TR 601 ms, TE 13 ms) showing ring-like enhancements in the right pedunculus cerebellaris medius, and homogeneous enhancement in the left frontal lobe.

Fig. 2 High-resolution MRI findings on the first admission.

(A, B, C, and D) Axial and coronal gadolinium-enhanced 3D-T1WI (1.5 T; TR 9 ms, TE 2.38 ms) showing ring-like enhancements in the right pedunculus cerebellaris medius and left frontal lobe on the brain surface.

入院後経過:救急搬送の原因となった回転性めまい,嘔気に対しては対症療法を継続したところ,入院3日目には改善した.入院時に微熱があり,血液検査でCRP軽度高値がみられたが,抗生剤投与することなく,自然経過で入院3日目には解熱しCRP値も低下した.微熱は入院前日からの上気道症状による影響と考えられた.頭部MRIの画像所見からは転移性脳腫瘍やサルコイドーシス等の肉芽腫性疾患,感染症などの可能性があると考えられた.血液や髄液検査,体幹部CT検査の結果から,悪性所見はみられず,サルコイドーシス,結核や真菌感染が疑われる所見はえられなかった.しかしながら,血液に加えて髄液検査でRPR,TPHA,FTA-ABSが陽性であったことより,梅毒の中枢神経系への感染が考えられた.神経梅毒と診断し,治療はペニシリンG 2400万単位/日を14日間投与する方針とした.入院経過中にめまいなどの症状が消失していたため,入院8日目に退院し,その約3週後に治療目的で再入院となった.この間,治療は何も行っていなかった.治療前日に頭部MRIを施行したところ,右中小脳脚と左前頭葉の病変はいずれも著明に縮小していた(Fig. 3).再入院2日目よりペニシリンG 2400万単位/日を14日間連続で点滴投与した.投与初日にヤーリシュ・ヘルクスハイマー反応と思われる40.0°Cの一過性の発熱がみられたが,その他は問題なく14日間の抗生剤投与は終了した.14日間の抗生剤投与が終了した翌日に頭部MRIを施行したところ,いずれの病変も完全に消失しており造影病変もみられなかった(Fig. 3).同日の髄液検査では治療前と比較して細胞数の低下がみられた.ペニシリンG投与による検査所見の改善傾向が確認できたことから入院17日目に退院となった.その後,頭痛やめまいが出現することはなかった.治療後6ヶ月後の時点でRPR定量値は血液,髄液検査ともに治療前の1/4未満に低下が認められ,髄液細胞数および総蛋白はともに正常範囲であった.治療後1年後の髄液検査でも同様の結果であった(Fig. 4).定期的に施行した頭部MRIでは異常所見の出現はなかった.

Fig. 3 Brain MRI findings before and after treatment.

(A, B, and C) Axial FLAIR images (1.5 T; TR 10,000 ms, TE 108 ms) showing spontaneous regression of these lesions (arrows) without treatment, and (D, E, and F) complete regression after treatment.

Fig. 4 The course of CSF and serum findings.

Intravenous treatment with penicillin G 24 million units/day for 14 days was administered during the second admission. His CSF cell count and protein at about 6 months after treatment (day 226) were normal. His CSF and serum RPR titers declined over time. His examination findings at about 1 year after treatment (day 426) showed no signs of recurrence. PCG: penicillin G, CSF: cerebrospinal fluid, RPR: Rapid plasma regain, TPHA: Treponema pallidum hemagglutination test.

考察

梅毒の報告数は近年急増している.日本では,1948年に性病予防法により全数報告を求める届出が開始された.現在は感染症法により5類感染症に指定されている.1948年以降,梅毒患者報告数は大きく減少し,全体として減少傾向であったが,2010年以降は増加に転じている.その後,2018年に至るまで報告数が急増しており,2017~2020年は年間5,000例超の報告数が続いている56.2015~2018年の報告数は計20,098例で,そのうち進行麻痺や脊髄癆等に代表される晩期顕症梅毒の占める割合は約2.3%(459例)と非常に少ない2.未治療者の15~40%が晩期顕症梅毒に移行するとされるが,抗生物質が広く使用されるようになった今日ではその頻度は少なくなっている1

中枢神経ゴム腫は,梅毒トレポネーマが中枢神経系に浸潤することによって生じる.梅毒の中枢神経系への浸潤は感染後の数日以内に起きている.通常,神経梅毒は晩期梅毒として述べられるが,早期の梅毒の中枢神経系への浸潤は感染者の多くで起きていると考えられるため,感染のどの段階でも神経症状を生じる可能性がある.しかしながら,ほとんどの患者では梅毒トレポネーマは中枢神経系から排除される.そうでない場合に,無症候性神経梅毒,髄膜型梅毒,髄膜血管型梅毒,実質型梅毒(進行麻痺,脊髄癆)への移行リスクとなる17.中枢神経ゴム腫は稀な中枢神経系の疾患であり,晩期梅毒の珍しいタイプとされる3.本症例でも推定される感染時期は約4年前であり,未治療の晩期梅毒に該当すると考えられた.梅毒のゴム腫は肉芽腫性炎症であり,全身の臓器に生じうる.病理学的には血管周囲の炎症等がみられ,多数のリンパ球や形質細胞浸潤を伴っていることが特徴である.梅毒による髄膜血管への炎症が隣接する脳に直接広がることによって,局所の炎症反応が生じると考えられている3.脳や脊髄のどこにでも生じる7ため,症状はその病変部位により多様である.Fargenらの中枢神経ゴム腫の156例の解析によると,最多の症状は本症例でもみられていた頭痛(60.3%)であったと報告されている3

神経梅毒の診断は,患者の病歴,臨床所見,梅毒の血液検査,髄液検査,画像検査などが考慮される.中枢神経ゴム腫の診断は,非特異的な臨床症状や多様な画像所見を呈することから難しい場合も多い.脳腫瘍と誤診されることが多いため,手術前ではなく手術後に診断される場合もしばしばある4.実際に,術前診断が悪性リンパ腫,膠芽腫や髄膜腫といった脳腫瘍であったが,術後に中枢神経ゴム腫の診断に至った報告例がみられる8)~10.中枢神経ゴム腫の画像所見は原発性脳腫瘍,転移性脳腫瘍,炎症性肉芽腫と類似した所見を呈しうる4.MRI画像所見はT1強調画像低信号,T2強調画像高信号を呈する.病変周囲に浮腫を伴っていることが多く,結節状やリング状の増強効果がみられることが特徴である.また,病変は脳表に生じることが多いとされる311.本症例でもこれらの特徴的な画像所見がみられており,中枢神経ゴム腫として矛盾しない所見と思われた.その他の鑑別疾患としては原発性脳腫瘍,転移性脳腫瘍,結核や真菌などの感染症,サルコイドーシス等があげられたが,他の検査所見から可能性は低いと考えられた.

本症例では前述した中枢神経ゴム腫に特徴的な画像所見に加えて,27日後に施行したMRIで右中小脳脚と左前頭葉のいずれの病変とも自然退縮が認められた.本症例のように抗生物質やステロイドの投与なしに病変の自然退縮がみられた中枢神経ゴム腫の報告は極めて少ない1112.本症例では脳生検などは行っていないが,病変の自然退縮を認めたTakeshimaらの報告では手術が施行された後に組織学的な検討がなされている.その報告では典型的な肉芽腫性炎症の所見がみられており,画像上でみられた病変の自然退縮は中枢神経ゴム腫の自然経過であった可能性が指摘されている8.本症例では,病変で生じていた炎症が極期を過ぎたことにより,その浮腫が縮小したことが画像所見として反映されたのではないかと考えられた.抗生物質やステロイドの投与がされていない状況でも,中枢神経ゴム腫では経過中に病変の自然退縮がみられる可能性がある.

神経梅毒の治療は,米国疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインで水溶性ペニシリンG 1800~2400万単位/日を(300~400万単位/回・点滴静注・4時間毎,あるいは持続投与)で10~14日間投与することが推奨されている13.本症例での治療もこのレジメンに準じてペニシリンGの投与を行った.症状や画像上の再燃はなく,フォローで施行した血液検査,髄液検査の結果はいずれも良好な経過がえられている.中枢神経ゴム腫は大部分の患者で駆梅療法への反応性が良好であり,症状や画像上の改善がえられる.外科手術は頭蓋内圧が亢進した患者などに行われることはあると考えられるが,中枢神経ゴム腫の診断には必ずしも有用ではない.神経梅毒の診断で中枢神経ゴム腫が疑われるような場合には,抗生物質の治療効果をまず試してみることで不必要な脳生検や手術を回避できる場合もあると思われる34

梅毒に抗生物質が広く使用されるようになった現代において晩期梅毒の頻度は少ない.しかしながら,梅毒の患者数は近年増加傾向であり,今後も我々が晩期梅毒に遭遇する可能性は十分にある.中枢神経ゴム腫は非特異的な臨床症状や他疾患との鑑別を要する画像所見を呈しうるため,容易に診断に至らない場合もある.しかしながら,抗生物質の治療が奏効する可能性が高い疾患であり,診断に至るためにその特徴を理解しておく必要がある.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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