臨床神経学
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症例報告
水痘・帯状疱疹ウイルス感染によるブドウ膜炎を契機に神経ベーチェット病を発症したと考えられた1例
岡本 直己小川 暢弘北村 彰浩山川 勇金 一暁漆谷 真
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2021 年 61 巻 9 号 p. 640-645

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要旨

症例は69歳男性.持続する発熱,関節痛,視力障害を主訴に受診した.再発性口腔内アフタに加え,前房水水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus,以下VZVと略記)PCR陽性の両側ブドウ膜炎を認めた.神経症候は明らかでなかったが,髄液単核球増多,脳MRIで皮質下白質,基底核,小脳に造影病変を認め,ステロイド治療が著効した.本例はVZV感染症との鑑別が問題となったが,髄液VZV-PCR陰性,HLAB51陽性であり,ステロイドの効果と併せ急性型神経ベーチェット病(neuro-Behcet’s disease,以下NBDと略記)と診断した.NBDの発症機序は未だ不明であるが,VZV感染が本疾患発症の契機となった可能性を示唆する貴重な例と考え報告する.

Abstract

A 69-year-old man was admitted for persistent fever, arthralgia, and visual impairment. Physical examination demonstrated bilateral uveitis and recurrent aphthous stomatitis. The PCR analysis of the aqueous humor of the anterior chamber was positive for the Varicella-zoster virus (VZV). Although no neurological defect was evident, the cerebrospinal fluid contained elevated monocytes but was negative for VZV-PCR. Brain MRI revealed Gd-enhanced lesions in the subcortical white matter, basal ganglia, and cerebellum. With his positive HLAB51, he was diagnosed with neuro-Behcet’s disease (NBD) and was successfully treated with high-dose prednisolone. Although the pathogenesis of Behcet’s disease is still unknown, the involvement of viral infection is reported. The present case implies that NBD could be triggered by herpes zoster virus associate-uveitis; the accumulation of such cases would help clarify the pathogenesis of Behcet’s disease.

はじめに

ベーチェット病(Behcet’s disease,以下BDと略記)は再発性口腔内アフタ,外陰部潰瘍,ブドウ膜炎,皮膚症状を主とし急性炎症発作を繰り返す疾患である1.障害臓器の特徴により,腸管型,血管型,神経型の特殊型があり,これらは適切な治療を行わなければ予後不良となるため,早期の診断および治療が重要である.神経ベーチェット病(neuro-Behcet’s disease,以下NBDと略記)は,BDの特殊型で最も重篤な合併症の一つであり,BD患者の10~20%に脳炎や髄膜炎などの神経症状を呈するとされる1.NBDは急性型と慢性進行型に大別され,病型により治療戦略が異なる2.一般的に急性型ではステロイドを主軸とした治療が第一選択となるが,慢性型では再発・進行抑制を目的とした免疫抑制剤や分子標的薬が標準治療となる2.両者は病態生理が異なり,acute on chronicとして合併もおこりえるため3,NBDを疑った場合,病型および治療法の十分な検討が必要である.

NBDの病因は未だ不明であるが,感染,自己免疫,遺伝素因などの多元的機序が想定されている4.特に感染については,微生物抗原とヒト蛋白との高い相同性による自己免疫反応と推定され,例として単純ヘルペスウイルスや口腔内連鎖球菌とBDの関連が示唆されている56.今回,我々は前房水の水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus,以下VZVと略記)PCRが陽性の両側ブドウ膜炎と同時期に,発熱,関節痛,再発性口腔内アフタ,神経病変を呈しNBDの診断基準を満たした症例を経験した.本例は,VZV感染を契機に急性型NBDを発症したと考えられ,NBDの病因を考察するうえで貴重と考えられたため報告する.

症例

症例:69歳,男性

主訴:発熱,関節痛,視力障害

既往歴:難聴(ストレプトマイシンによる副作用),34歳で心房細動.

内服歴:タムスロシン0.2 mg,フェキソフェナジン60 mg.

家族歴・生活歴:母,兄に脳梗塞.類症認めず.喫煙なし,飲酒 3単位/日.

現病歴:X-21日から発熱,頭痛,肘・膝の関節痛が出現し,改善ないためX-7日に他院へ入院した.入院後,両側の急速な視力低下が出現し,眼科にて両側ブドウ膜炎を指摘され,精査のためX日に当院へ転院となった.

当院入院時現症:身長:176 cm,体重:63 kg,体温:37.5°C,脈拍:88/分,血圧:110/65 mmHg,SpO2:97%.一般身体所見は,関節痛があり口腔内,舌に潰瘍を認めた(Fig. 1A, B).皮疹,針反応,陰部潰瘍,表在リンパ節腫脹は認めず,その他の異常はなかった.神経学的所見では,意識清明で髄膜刺激症状なく,既往の難聴,視力が両側指数弁,左右瞳孔の散大,対光反射が右消失,左で鈍であった以外の異常はなかった.眼科所見では両側眼球結膜充血,前房の細胞増多を認めたが,前房蓄膿は認めなかった(Fig. 1 C~F).硝子体混濁を認め,急性網膜壊死を伴う両側ブドウ膜炎と診断された(Fig. 1 G, H).

Fig. 1 Findings of physical examination on admission.

(A and B) Oral findings. Multiple aphthous stomatitides were present in the patient’s (A) buccal mucosa and (B) tongue (black arrows). (C–H) Bilateral iris, slit-lamp microscope (upper panel), and fundus (lower panel) photographs on admission. Bilateral active uveitis with acute retinal necrosis. (C and D): Conjunctival hyperemia was present. (E and F): Inflammatory cells, corona flare, and keratic precipitate (white arrows) were observed in anterior chambers by slit-lamp microscope. (G and H): Moderate vitreous opacity and acute retinal necrosis without intraretinal hemorrhage were observed. Fig. 1 is published with patient’s permission.

血液・生化学検査:WBC: 4,700/μl,RBC: 353 × 104l,Plt: 16.3 × 104l,ESR 6.0 mm/h,CRP 0.02 mg/dl,PT 12.4秒(PT-INR 1.05),APTT 23.9秒(APTT-C 28.2),D-dimmer 1.9 μg/ml,肝・腎機能検査に特記事項なし,PR3-ANCAおよびMPO-ANCA陰性,ACE 11.7 IU/l(8.3~21.4 IU/l),リゾチーム3.7 μg/ml(5.0~10.0 μg/ml),HLA型判定はB51陽性であった.

髄液検査:初圧11 cmH2O,外観無色透明,日光微塵あり,細胞数105/μl(単核球99%),蛋白16 mg/dl,糖53 mg/dl(血清糖:127 mg/dl),IgG index 0.97,ADA 9.6 IU/l,オリゴクローナルバンド(OCB)陽性であった.

細菌培養,ウイルス学的検査:左前房水VZV-PCR陽性,髄液では単純ヘルペス(herpes simplex virus,以下HSVと略記)IgG(EIA)2.0未満であったが,VZV IgG(EIA)が128.0(基準;0.0~1.9)と上昇を認めた.髄液PCRではHSV,VZVともに陰性であった.血清β-Dグルカン <6.0 pg/ml,結核菌特異的インターフェロンγ産生能(ELISPOT)は陰性であった.血液・髄液培養ともに抗酸菌を含め陰性であった.

画像所見:胸腹部CTに特記事項はなかった.頭部MRIでは単純画像で異常を認めなかったが,Gd造影では,右側大脳基底核,小脳 左側頭葉皮質下に斑状造影効果を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 MRI on admission.

(A–C) Fluid Attenuated Inversion Recovery (FLAIR) images were not significant. TE = 127.0 msec, TR = 8,000 msec. On gadolinium contrast-enhanced T1 weighted images, the lesions with amorphous and pathy enhancement (arrow) were present in (C, D) the subcortical white matter of the cerebellar, (B) left temporal lobe, and (C) basal ganglia of the right hemisphere. TE = 5.2 msec TR = 11.69 msec.

臨床経過(Fig. 3):持続する発熱,ブドウ膜炎,関節痛,口腔内アフタ,髄液異常,神経病変を認めたことからNBDを疑った.急性型NBDと考え,メチルプレドニゾロン1 g/dayを3日間投与し,以降,PSL 30 mgから漸減を行った.ただし,亜急性の経過で髄液糖の低下を伴っていたため,真菌性,結核性を含む感染性髄膜脳炎の可能性は否定しえず,各種結果が判明するまで,抗結核薬,セフトリアキソン(CTRX)2 g/day,アシクロビル10 mg/kg/dayを併用した.また,急性網膜壊死に対しアスピリンを投与した.

Fig. 3 Clinical course.

Clinical symptoms were improved rapidly after intravenous methylprednisolone (IVMP). Patient’s symptom were remission in 6 month after disease onset by maintaining the prednisolone. Although abnormality in cerebrospinal fluid (CSF) was prolonged a long time even with anti-viral treatment targeting varicella-zoster virus during the clinical course, the elevation of IL-6 in CSF was improved markedly after IVMP without recurrence. RFP: rifampicin, INH: isoniazid, EB: ethambutol, PZA: pyrazinamide, CTRX: ceftriaxone sodium hydrate, ACV: acyclovir, VACV: valacyclovir, IVMP: intravenous methylprednisolone, PSL: prednisolone, IL-6: interleukin 6.

治療開始数日で髄液ADAは9.6 IU/lから4.5 IU/lへ速やかに減少したため,初回髄液のADAは高値であったが,結核感染とすれば改善が速やかであり,また,ELISPOT陰性,培養検査陰性と併せ結核感染を否定した.各種結果を受け,抗結核薬,CTRXは終了した.ブドウ膜炎,脳病変,髄液異常はNBDまたはVZV感染の可能性が残り,PSLを継続し,抗ウイルス薬を1か月間投与した.初期治療の後,視力を含めた臨床症状およびMRI造影病変は速やかに改善したが,口腔内アフタは再燃を認めた.さらに髄液異常は遷延し,髄液中のinterleukin 6(IL-6)高値が持続した.再発性口腔内アフタの存在,髄液IL-6持続高値からNBDを強く疑いPSLを慎重に減量した.慢性進行型NBDの合併がないことを症状,髄液IL-6値にて確認し,全経過6ヶ月で治療を終了した.発症6ヶ月,1年後のMRIにても新規病巣,脳萎縮の進行はなかった.

考察

本例は破壊性網膜壊死を伴う両側性ブドウ膜炎を呈し,明らかな神経症状はなかったが,髄液単核球増多および脳実質にMRI造影病変を認めた.また,発熱,ブドウ膜炎,再発性口腔内アフタ,関節炎,神経病変があり厚生労働省によるBD診断基準7の不全型に合致し,さらにNBD診断ガイドライン8における急性型NBDの基準を満たした.いずれの臨床症状もステロイド治療が奏効した.本例のブドウ膜炎は,前房水のVZV-PCRが陽性であり,眼科的にはVZVによると診断されたが,両側同時の発症であり,BDとして病態への関与も想定された.さらに,特徴的な臨床症状に加え髄液VZV-PCRが陰性かつ髄液IL-6が持続高値であったことから,VZV感染を契機に発症したNBDと診断した.

本例ではVZV感染を契機としたNBDの発症,BD経過中のVZV再活性化によるブドウ膜炎,さらにはVZV感染単独の全身症状かの議論が必要となる.まず,ブドウ膜炎については前房水のVZV-PCRが陽性であり眼部のVZV感染が活動性であった可能性は高く,VZV感染によるブドウ膜炎では高率に急性網膜壊死を伴うとされている点も9,VZV感染を支持する.しかし,VZV感染によるブドウ膜炎は一般的に片眼で発症し1/3程度が対眼も続発するが1011,本例のブドウ膜炎は両側性に同時発症していることから,VZV感染による好中球の活動亢進が関与しBDとしての眼病態を呈したと推察した.次に,神経病変に関しては,髄液の単核球優位の細胞数増多,VZV IgG高値を認めたがVZV-PCRは陰性であった.脳病変がVZV感染によることを否定はできないが,造影病変が以下に述べるように,VZV感染としては非典型であり,速やかなステロイドへの反応性も合わせNBD病変の可能性が高いと考えた.NBDは80~90%が脳実質の炎症性病変に起因するが1,一部は血管型の合併症である静脈洞血栓症などの血管病変によって生じうる13.NBDの病理所見としては,小静脈周囲炎を主体とする破壊性病変がみられ,好中球,T細胞,マクロファージなどの血管周囲および実質への浸潤とグリオーシスが主体とされる14.また,組織学的な破壊性病変は比較的軽度であるが,一部に壊死性血管炎が加わるため,慢性進行型では組織破壊の程度が増すとされている15.これらの病理機序を反映し,NBDの画像所見として,急性型では比較的大きな脳幹,基底核病変,さらに慢性進行型では脳幹萎縮を呈する特徴を有し,大脳皮質および小脳病変の存在は稀とされる16.本例の病変は,皮質下白質,基底核,小脳に散在するGd造影される実質病変でありNBDの好発部位に存在し,血管型を示唆する異常はなかったが,病変が小さく,小脳病変を認めたことは急性型NBDとして非典型であった.一方,VZVによる髄膜脳炎の画像的特徴は,主にvasculopathyによる変化であり,大・小血管ともに障害され皮髄境界が好発部位とされる1718.また,脳動脈狭窄や出血病変を認めることが知られており1718,この場合,髄液VZV-PCRよりも髄液中の抗VZV IgG抗体の検出率が高かったとされる18.NBDと同様にVZV脳炎例も,小脳病変は比較的稀である19.本例ではvasculopathy所見はなく,髄液にてVZV-PCR陰性,VZV IgG陽性,OCB陽性を認めた.NBD患者ではOCBが約10%に陽性であるとされ20,中枢神経系での免疫活動の亢進を示唆する.したがって,本例ではVZV感染を契機に直接もしくは間接的に中枢神経系での免疫活動の亢進を来しNBDとしての病態を形成したと考えた.さらに口腔内アフタもVZV単独で生じうるが,NBD患者は90%以上が再発性であり12,本例のアフタはBDの病像を反映していると考えた.本例はブドウ膜炎に発熱,関節痛が先行しており,BDの経過中にVZVが再活性した可能性も残されるが,これら先行症状は非特異的な症状であり,VZV感染症としても説明が可能であるとともにBD発症は多元的機序が想定されるため4,本例の全経過はVZV感染後にNBDとしての臨床像が完成したと考えた.また,全ての臨床像がVZV単独で揃うことは極めて稀と考え,本例をVZV感染を契機としたNBDと診断することは妥当と思われた.

BDの病態は好中球の過剰な機能亢進とされているが3,その機序は未だ不明である.一方でBDの発症は遺伝的素因に加え,感染症などが引き金となることが示唆されている.BDの遺伝的素因ではHLA-B51との相関があるが,健常人にもHLA-B51陽性を10~30%認めるため,この単独因子のみで発症原因とはならないことは明白である21.また,BD発症リスクのある病原体としてHSV-1,サイトメガロウイルス,EBウイルスなどの報告がある22.加えて,疫学調査にてNBD患者では血清VZV-IgG抗体が高値であると報告され23,VZVとNBDの関連が疑われている.さらに,先行したVZVの治療を十分に行っていてもNBDを発症しうることが示唆される報告もあり24,VZV感染がNBDの発症契機になる可能性は高い.VZV感染によるBDの発症機序としては,標的組織に運ばれたVZVのDNA成分が宿主細胞に取り込まれ,HLA-B51などのclass I分子により,細胞障害性T細胞に抗原提示され,その活性化でBDに進展するとの仮説があり1,本例の病態を考えるうえで興味深い.

以上,VZV感染が契機となったNBDの1例を報告した.NBDの原因は未だ不明であるが,VZV感染がその発症と関連する可能性がある.また,BDを疑う患者では神経学的異常を認めずとも,積極的に神経病変やウイルス感染の有無を評価しNBD病態の把握に努めることが重要である.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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