臨床神経学
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短報
左上小脳脚近傍の脳出血による同側味覚障害を呈した1例
芝池 由規川尻 智士有島 英孝菊田 健一郎
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2022 年 62 巻 5 号 p. 391-394

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要旨

症例は45歳男性.右顔面と右上下肢のしびれを主訴に受診,画像検査にて左橋被蓋上部ならびに左上小脳脚に出血を認めた.第2病日,舌の左側に限局した味覚低下を自覚.電気味覚検査にて舌左側の鼓索神経ならびに舌咽神経領域に味覚障害を認め,中枢性味覚障害と診断した.同症候は上小脳脚付近に存在するとされているpontine taste area(PTA)に至るまでの同側の上行線維が障害されたためと考えられる.本症例はPTA近傍の上小脳脚の出血で同側味覚障害を呈しており,病巣の上小脳脚近傍には対側の交差線維は存在しないことが推察され,PTA近傍の橋上部被蓋で交叉する可能性が示唆される.

Abstract

We report a rare case with unilateral dysgeusia due to cerebrovascular disease. A 45-year-old man was admitted to the hospital with a sudden onset of dysesthesia in the right face and upper and lower limbs. A CT scan revealed a left pontine hemorrhage. A day after onset, the patient became aware of unilateral dysgeusia. Electrogustometry showed significantly higher thresholds in the left chorda tympani nerve and glossopharyngeal nerve compared to the right nerves. We diagnosed the hemorrhage caused unilateral dysgeusia. Although dysesthesia in the right face and upper and lower limbs disappeared, the dysgeusia in the left tongue persisted six months after symptom onset. Based on the neurological and radiological findings in this case, we discuss the central gustatory pathway with literatures.

はじめに

脳卒中による味覚障害は,栄養状態の悪化,体重減少,リハビリ意欲の低下,うつ病を引き起こすことで,回復の妨げや生活の質に悪影響を及ぼす危険性が指摘されている‍1.一方,ヒトの味覚伝導路については,上小脳脚付近に存在するとされているpontine taste area(PTA)より頭側での交叉部位・分岐についての経路は一定の見解は得られておらず‍2,中枢性味覚障害の実態は解明されていない.今回,我々は左橋被蓋上部ならびに左上小脳脚の出血による同側味覚障害を呈した1例を経験したので報告する.

症例

症例:45歳,男性

主訴:右顔面と右上下肢のしびれ

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:突然発症の右顔面と右上下肢のしびれを自覚し,同日独歩で救急外来を受診した.

入院時現症:身長175.0 cm,体重74.1 kg.体温35.9°C,血圧138/93 mmHg,脈拍70回/分・整.一般身体所見に明らかな異常は認めなかった.

入院時神経学的所見:意識清明,右顔面と右上下肢の温痛覚低下(7/10)を認めた.舌の触圧覚は正常,四肢運動麻痺,小脳性運動失調,眼球運動障害,顔面神経麻痺,構音・嚥下障害は認めなかった.

血液検査所見:血算,生化学,凝固に明らかな異常を認めなかった.

入院時画像所見:頭部CTでは,左橋被蓋上部ならびに左上小脳脚に直径約8 mmの出血を認めた(Fig. 1A).

Fig. 1 Noncontrast brain CT and MRI.

A: Axial CT scan showing a small hemorrhage (arrow) in the left dorsal pons.

B: Axial T2*-weighted MRI showing hypointensity with a hemosiderin rim (arrow) in the left dorsal pons.

C: Sagittal MRI with 3-D fast imaging with steady state acquisition (3-D FIESTA) sequences showing hypointensity (arrow) in the left dorsal pons and superior cerebellar peduncle.

入院後経過:保存的加療目的で入院,第2病日に経口摂取を開始したところ,舌の左側に限局した味覚の低下(甘味,酸味,塩味,苦味のすべて)を自覚した.第10病日に頭部MRIを施行,病変はT2強調画像で高信号,T2*強調画像ではhemosiderin rimを認め(Fig. 1B),海綿状血管腫による出血と考えられた.3-D fast imaging with steady state acquisition(3-D FIESTA)法を用いた三次元再構成画像(矢状断)では,病変は主に左上小脳脚の長軸方向に認められ,橋被蓋上部にも及んでいた(Fig. 1C).第11病日に電気味覚検査を施行した.舌の右側の閾値の上昇は認められず,左側の鼓索神経領域においては前から24 dB(基準値8 dB以下),30 dB(基準値14 dB以下),舌咽神経領域においては30 dB(基準値22 dB以下)といずれの神経支配領域においても閾値の上昇が認められ,中枢性味覚障害のパターンを呈していた(Fig. 2A).以上の検査結果及び経過より,脳出血に伴う中枢性味覚障害と診断した.右顔面や右上下肢の温痛覚障害は徐々に軽快し,第12病日にmodified Rankin Scale 1で自宅退院した.退院後はメコバラミン(1日あたり1,500 μg)を内服し,退院後6か月の時点で再度電気味覚検査を施行した.舌左側の閾値は低下傾向であるが(Fig. 2B)が,自覚的な味覚の改善は得られていなかった.

Fig. 2 

A, B: Electrogustometry. Electrogustometry showing significantly higher thresholds in the area of the left chorda tympani nerve and glossopharyngeal nerve compared to the right nerves (A: day 11, B: 6 month).

C: Shamer of central gustatory pathway. The gustatory tract ascends ipsilaterally from the solitary nucleus to the pontine taste area (PTA) near the superior cerebellar peduncle.

考察

脳卒中患者における中枢性味覚障害は,麻痺や失語,嚥下障害と比較すると注目されていないが,過去の文献では脳卒中患者の30.2%に味覚障害を合併していたとする報告‍3もある.意識障害や失語が原因で味覚障害を訴えることができない潜在的な患者数を考慮すると,脳卒中による味覚障害の患者数は,実際よりも過小評価されている可能性が考えられる.脳卒中後の味覚障害は,生活の楽しみを著しく減少させるだけでなく,栄養状態の悪化,体重減少,リハビリ意欲の低下,うつ病を引き起こしうると報告されており‍1診断的意義は高いと考えられる.

ヒトの味覚伝導路は,末梢から橋の上小脳脚付近に存在するとされるPTAまでは延髄孤束核から同側中心被蓋を上行し,PTAでニューロンを乗り換えるとされている‍4)~7.一方,PTAより頭側の伝導路については,未だ不明な点が多い‍2.本症例はPTAが存在するとされる上小脳脚近傍に出血を認め,病巣と同側の味覚障害を呈していることから,PTAに至るまでの同側の上行線維が障害されたと考えられる.また,本症例では右側の電気味覚検査では異常が認められなかったことから,病巣の上小脳脚近傍には対側の交差線維は存在しないことが推察される.さらに,藤兼ら‍8は上小脳脚近傍の橋上部被蓋の脳梗塞により対側性味覚障害を発症した1例において,PTAより上位の交叉した上行伝導路の障害を示唆していることから,味覚伝導路はPTA近傍の橋被蓋上部において対側へ交叉する可能性が推察される.併せて,本症例は発症後約2週間,味覚障害に加えて対側の顔面と上下肢のしびれと温痛覚障害の合併を認めていたことから,橋被蓋上部レベルでは味覚伝導路と外側脊髄視床路は近接していると考えられる(Fig. 2C).

脳卒中後の味覚障害に対する治療は,現時点で原疾患の加療以外に十分なエビデンスの得られている治療法はないが,経過観察によりおよそ半年で軽快する例が多いとされている‍9.しかしながら,本症例は脳卒中発症後6か月の時点で味覚障害のみを後遺しており,中枢性味覚障害は改善しない可能性も念頭に置いた慎重な経過観察が必要である.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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