臨床神経学
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短報
免疫チェックポイント阻害薬により筋炎・心筋炎,脳炎,非痙攣性てんかん重積を発症した1例
赤澤 明香大塚 喜久橋本 黎松本 穣米田 行宏影山 恭史
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2022 年 62 巻 5 号 p. 395-398

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要旨

尿管癌に対して免疫チェックポイント阻害薬を投与中の72歳男性.亜急性に進行する四肢筋力低下,心不全,意識障害を認め,免疫関連有害事象(immune-related adverse events,以下irAEと略記)による筋炎・心筋炎,脳炎と診断した.ステロイド開始後,筋炎・心筋炎は改善したが意識障害は悪化し,脳波検査で非痙攣性てんかん重積が明らかとなった.血清中の抗横紋筋抗体,抗神経抗体,抗糖脂質抗体が陽性で,脳炎と筋炎・心筋炎の稀な合併を認めた点が本例の特徴であった.また,irAEにおいて免疫治療に反応が不良な意識障害を認めた場合は非痙攣性てんかん重積の可能性を考慮すべきである.

Abstract

A 72-year-old man, who had received pembrolizumab of immune checkpoint inhibitor (ICI) over 6 months for ureter cancer, developed progressive skeletal muscle weakness, dysarthria, dyspnea, and consciousness disturbance over the past two weeks. The systemic work-up tests documented an encephalitis, myopathy, and myocarditis. Multiple autoimmune antibodies of anti-Tr, anti-titin, anti-kv1.4, anti-GM1 and anti-GD1a were positive in the serum. Although myopathy and myocarditis responded to high-dose steroid pulse therapy, encephalopathy deteriorated. Electroencephalogram showed a fluctuated pattern of rhythmic delta activity with fast waves, and a rapid response to intravenous diazepam revealed a condition of nonconvulsive status epileptics (NCSE). The patient had an uneventful course after anti-epileptic medication. The ICIs therapy may trigger a broader activation of multiple autoimmune mechanisms. When an encephalitis by immune-related adverse events does not respond to standard immunotherapy, NCSE may be a main pathophysiological mechanism, thereby anti-epileptics being an alternative treatment option.

はじめに

免疫チェックポイント阻害薬(immune-checkpoint inhibitors,以下ICIsと略記)は,様々な悪性腫瘍に対して抗腫瘍効果を認め,幅広く使用されているが,その一方で,免疫関連有害事象(immune-related adverse events,以下irAEと略記)が問題となっている.今回,ICIsによるirAEとして筋炎・心筋炎,脳炎を合併し,非痙攣性てんかん重積状態(nonconvulsive status epileptics,以下NCSEと略記)も呈した1例を経験したので報告する.

症例

症例:72歳,男性

主訴:下肢脱力

既往歴:70歳時に尿管癌を発症,71歳時に膜性腎症で透析導入された.心房細動に対してワルファリンを内服中であった.

現病歴:尿管癌に対してX日にペムブロリズマブを開始し,治療効果は良好であった.irAEを含め,有害事象を認めず経過していた.X + 197日頃から呂律が回りにくくなった.さらに,階段が上りにくくなり,X + 206日には下肢脱力のため立てなくなった.前日に発熱し,X + 208日に当科を受診した.

入院時現症:体温38.4°C,血圧105/66 mmHg,脈拍84回/分,SpO2 94%.心音・呼吸音正常.意識レベルJapan Coma Scale(JCS)1,眼瞼下垂なく,眼球運動正常.顔面筋力正常.構音障害を認めた.四肢近位筋力は徒手筋力テストで3程度に低下し,筋把握痛はなかった.両側アキレス腱反射が減弱している以外は深部腱反射正常.髄膜徴候を認めなかった.

検査所見:血液検査ではCK 11,614 U/l,CK-MB 38.5 ng/ml,アルドラーゼ37.0 U/lと高値であった.頭部MRIでは異常所見はなかった(Fig. 1).髄液検査は,初圧185 mmH20,細胞数13個/μl(単核球85%,多形核球15%),蛋白95.0 mg/dlと上昇を認めた.針筋電図では上腕二頭筋と大腿四頭筋で安静時自発電位を認めた.低頻度反復刺激試験は正常で,神経伝導検査では,正中,尺骨神経の軽度の遠位潜時延長と,後脛骨,腓腹神経の軽度の伝導速度低下を認めるのみであった.

Fig. 1 Brain MRI and Electroencephalogram (EEG) before and after diazepam injection.

A: MRI on the first admission day showing no abnormality. B: EEG showed bifrontal rhythmic delta activity with fast waves, and its frequency was fluctuated. C: Intravenous injection of diazepam ameliorated the EEG findings.

臨床経過:X + 209日,血圧77/54 mmHgと低下し,心拍数135回/分と頻脈を認めた.脈は不整であったが,心室性不整脈は認めなかった.血清トロポニンI 10,242 pg/mlと上昇,心エコーで左室駆出率は20%まで低下し,肺うっ血も認めた.irAEにより筋炎・心筋炎,脳炎を併発していると考え,ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mg/日×3日間)を開始した.X + 211日以降,心機能は改善し,CK値も低下したが,意識レベルはJCS 300に悪化した.脳波検査で両側前頭部を中心に周波数変動と速波の重畳を伴う律動性徐波を認め,ジアゼパム投与により基礎律動が出現し(Fig. 1),発語可能になったためNCSEと判断した.レベチラセタムを開始し,X + 226日には意識清明となった(Fig. 2).各種自己抗体の検査では,血清中の抗横紋筋抗体(抗Titin抗体,抗Kv1.4抗体),抗神経抗体(抗Tr抗体),抗糖脂質抗体(抗GM1 IgG抗体,抗GD1a抗体)が陽性だった.他の筋炎関連抗体,抗アセチルコリン受容体抗体(抗AChR抗体),抗筋特異的チロシンキナーゼ抗体(抗Musk抗体)は陰性であった.ステロイドパルス療法後はプレドニゾロン(PSL)1 mg/kg/日の内服を開始,漸減した.左室駆出率,CK値は正常化し,筋力改善に伴いX + 249日に独歩で自宅退院した.

Fig. 2 Clinical course.

After intravenous methylprednisolone therapy (1,000 mg/day, 3 days), serum CK level and cardiac ejection fraction were normalized, whereas disturbance of consciousness remained. Electroencephalogram on day X + 219 revealed NCSE, and disturbance of consciousness improved remarkably by antiepileptic treatment with LEV. Proximal skeletal muscle weakness improved gradually.

CK: creatinine kinase, m-PSL: methylprednisolone, PSL: prednisolone, LEV: levetiracetam.

考察

本例は筋炎・心筋炎と脳炎を発症し,NCSEをきたしたirAEの1例で,抗横紋筋抗体,抗神経抗体(抗Tr抗体),抗糖脂質抗体が陽性であった.irAEは1~3%が神経系に発症しNeurological irAE(nAE)と呼ばれ‍1)~3,脳炎,脊髄炎など中枢神経系nAEと,筋炎,重症筋無力症(myasthenia gravis,以下MGと略記),ニューロパチーなど神経筋接合部・筋を含む末梢神経系nAEに分けられる.nAEでは,MGと筋炎,心筋炎の合併頻度はそれぞれ30%,20%と高い‍2.その他のnAE同士の合併頻度は低いが見られうる‍4)~6.Fanらは,末梢神経系のnAEは合併しうるため,針筋電図,反復刺激試験,神経伝導検査を施行し,抗横紋筋抗体,抗AChR抗体,抗Musk抗体を提出することを推奨している‍5.中枢神経系のnAEに末梢神経疾患を合併することもあるが,本例で見られた脳炎と筋炎,心筋炎の合併率は0.8%と低く‍6稀な病態であ‍る.

本例で認めた抗横紋筋抗体(抗Titin抗体,抗Kv1.4抗体)は主に胸腺腫関連のMGでみられるが‍7,nAE筋炎でも陽性率は68%にのぼる‍8.ir脳炎は抗神経抗体に関連し‍19,55%で髄液中の抗体が陽性となる.抗細胞内抗原抗体の陽性頻度が高いが,抗神経細胞表面抗原抗体も9%で陽性であったとされる‍3.抗Tr抗体は抗神経細胞表面抗体‍10でHodgikinリンパ腫に随伴する小脳失調に関連することが多いが,脳炎を合併した報告もあり‍11,同抗体が本例の脳炎発症に関与した可能性が考慮された.また,acute motor axonal neuropathy(AMAN)に関連する抗GM1 IgG抗体や抗GD1a抗体も陽性となった.ir末梢神経障害では,抗糖脂質抗体の臨床的な有用性は明らかになっていない‍9.本例でも非特異的な軸索障害の所見で,病原性は明らかでなかった.nAEの発症機序は,筋炎は筋細胞抗原を標的とし‍8,脳炎は崩壊した腫瘍組織と共通抗原を持つ神経系を標的とする‍1など病態により異なるが,ICIsにより活性化されたcytotoxic T細胞の組織浸潤およびhelper T細胞によるB細胞活性化,抗体産生は共通であり,本例のように中枢,末梢神経系nAEを複数合併しうる.

Neurological irAEはステロイド反応性が良好とされる.irAEでは経口ステロイド投与を開始し,重症例ではステロイドパルス療法を検討する‍12.本例の筋炎・心筋炎,脳炎はいずれもGrade 3~4であり‍12,両者を併用した.CK値,心筋逸脱酵素,左室駆出率は速やかに改善傾向となり,筋炎・心筋炎の治療反応性は良好であったが,意識はJCS 300まで悪化した.ステロイドへの反応性が不良な場合,免疫グロブリン療法や血漿交換が治療の選択肢となり‍12本例でも施行を検討したが,ジアゼパム投与を含めた脳波検査でNCSEの合併を指摘しえたことで,不要な治療を避けることができた.AE脳炎では,てんかん発作の頻度は33%と報告されており,うち22%がNCSEであったとされる‍3.脳波検査を行うと76%に非特異的な徐波を認めるとされ‍3,NCSEによる脳波異常を非特異的な徐波活動と誤認しないことが重要であろう.

後療法に関しては明確な推奨はないが,高容量のステロイドを2週間継続し4週間かけて減量する提案がある‍2.再発を避けるために維持量としてPSL 5~10 mgを継続することも考慮される‍9.本例では,50 mg(1 mg/kg/日)の投与を2週間継続し,10 mg/週のペースで10 mgまで減量した.以後は外来でCK値の上昇や筋力低下の再燃に留意しつつ1 mg/月程度のペースで減量している.また重症のnAEではICIsの永続的な中止が検討される‍12が,血液中のTリンパ球へのICIsの結合は投与中止後も持続し‍13,特に本例のように複数のirAEを発症した症例では長期間の寛解を得られるとされることから‍2,尿管癌については無治療で経過観察している.

irAEはICIs開始から3~4ヶ月程度で発症する報告が多い‍12が,本例は開始6ヶ月で発症し,発症までの期間がやや長い.OwenらはICIs開始から1年以上経過して発症したものをdelayed irAEと定義し報告しており,ICIsを投与された患者の5.3%に見られた.6%が神経系に発症し,通常発症群と比較して重症度が高い傾向があった‍14.本例はdelayed irAEの基準は満たしていないが,発症時期の遅さが重症化に影響している可能性があった.

Acknowledgments

謝辞:抗糖脂質抗体を測定頂いた,近畿大学医学部脳神経内科の楠進先生に深謝いたします.

Notes

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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