臨床神経学
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短報
利尿薬によって惹起された脚気ニューロパチーの1例
葛目 大輔井上 湧介森本 優子吉田 剛山﨑 正博細見 直永
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2022 年 62 巻 8 号 p. 641-643

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要旨

【症例】56歳男性【主訴】両下肢脱力【現病歴】鶏肉を好む偏食あり.前医で両下腿浮腫を認め,心不全にて入院した.心不全に対し利尿薬による加療が行われたが両下肢脱力が出現し徐々に悪化したため,当院に転院した.【入院時現症】軽度の意識障害と両下肢の浮腫,筋力低下及び腱反射消失を認めた.【入院経過】脚気ニューロパチーを考えチアミン100 mg/日を開始した.これにより神経症状は改善した.その後,ビタミンB1 12 ng/ml(正常値24~66)と低値である事が判明した.【結論】心不全加療中に筋力低下を認めた際には脚気ニューロパチーの合併を考慮し,ビタミンB1補充に留意する必要がある.

Abstract

A 56-year-old man with an unbalanced diet who preferred chicken was admitted to the hospital because of heart failure. He was treated with diuretics for heart failure, but muscle weakness in bilateral lower extremities appeared and gradually worsened. He was transferred to our hospital for weakness of bilateral lower extremities. Physical examination revealed mild disturbance of consciousness, pitting edema, weakness of bilateral lower extremities, and areflexia. Based on his current medical history and physical examinations, we considered him to have beriberi neuropathy. Treatment with thiamine rapidly resulted in improvement of his neurological symptoms. His blood vitamin B1 level was 12 ng/ml (normal range 24–66 ng/ml). We diagnosed him with diuretic-induced beriberi neuropathy. Previous reports have shown that diuretic treatment excretes vitamin B1 in the urine. His report represents a case for neurologists to consider to treat with vitamin B1 for beriberi neuropathy when muscle weakness is observed during treatment for heart failure receiving diuretics.

はじめに

ビタミンB1欠乏によって脚気心や脚気ニューロパチーを引き起こすことが知られている.炭水化物が多く,ビタミンB1含有量の少ない食事の偏食や,アルコール依存症,胃切除,ビタミンB1を添加しない糖分を含んだ点滴,神経性食欲不振症ならびに妊娠悪阻等による摂取不足などが原因となって生じるとされている‍1

我々は心不全加療により惹起された脚気ニューロパチーを経験したので報告する.

症例

症例:56歳男性

主訴:両下肢脱力

既往歴:高血圧 外斜視.

現病歴:生来健康で日常生活は自立していたが,両親が入院して以降,鶏肉弁当ばかりを食べていた.前医入院の2日前からめまい,倦怠感が出現した.前医受診時,血圧低下,両下腿浮腫を認め,心不全と診断され入院した.心不全に対してフロセミド10 mg,ビソプロロール0.625 mg/日による治療が行われていたが,両下肢脱力が出現し,徐々に悪化した.このため当院脳神経内科に転院した.

入院時現症:体温37.5°C,血圧112/79 mmHg,脈拍数96回/分・整,呼吸数20回/分,SpO2 97%(室内気).心肺腹部に異常は認めなかったが,両側下腿に浮腫を認めた.神経学的所見では,意識レベルはJapan Coma Scale I-3レベル.外眼筋麻痺も含めて脳神経系に異常なし.徒手筋力検査では両上肢の筋力は保たれていたが,両下肢は近位及び遠位とも4/5レベルで低下していた.腱反射に関して両上肢は保たれていたが,両側膝蓋腱及びアキレス腱反射は消失していた.両側Babinski徴候なし.感覚系は正常であり,指鼻試験では異常は認めなかった.

入院時検査:生化学検査ではBNP 114 pg/ml(正常値 <18.4),Mg 2.3 mg/dl(正常値1.6~2.5).髄液検査では細胞数1/μl,蛋白27 mg/dl,髄液糖血糖比0.51と正常であった.

入院経過:現病歴や髄液検査より脚気ニューロパチーを考えた.このためフルスルチアミン100 mg/日による点滴治療を開始した.これにより入院翌日より両下肢の筋力低下は改善した.チアミンの内服と併せてリハビリテーションを行った.その後,入院時に測定したビタミンB1 12 ng/ml(正常値24~66)である事が判明した.なおビタミンB12及び葉酸は正常であり,各種膠原病自己抗体は陰性であった.入院第3病日に実施した経胸壁心エコーではleft ventricular ejection fraction(LVEF)は66%であり,左心室の壁運動に異常は認めなかった.また同日に神経伝導検査を行ったが,有意な軸索障害や脱髄を示唆する所見は認めなかった(Table 1).入院第4病日には両側膝蓋腱及びアキレス腱反射を認めるようになった.入院第12病日には両下肢の筋力は正常化した.このような経過のため,前医に経胸壁心エコー検査結果や食事の喫食率を問い合わせたところ,前医で行った経胸壁心エコー検査ではLVEF 80.9%,左心室壁運動はびまん性過剰運動(diffuse hyperkinetic)であった.また食事に関しては心臓病食で喫食率は50~80%であった.これを当院で行った心エコー検査結果などを踏まえると,自験例は前医では脚気心の状態であり,心不全に対する利尿薬治療により脚気ニューロパチーを合併したと診断した.入院第14病日,リハビリテーション目的にて他院に転院した.

Table 1  Nerve conduction study.
Right median nerve Right tibial nerve Right sural nerve
Motor Sensory Motor Sensory
MCV
(m/s)
DL
(ms)
CMAP
(mV)
SCV
(m/s)
SNAP
(μV)
MCV
(m/s)
DL
(ms)
CMAP
(mV)
SCV
(m/s)
SNAP
(μV)
Patient 55.6 3.0 9.1 52.2 46.3 40.7 3.6 10.4 43.2 14.8

Abbreviation CMAP = compound motor action potential, DL = distal latency, MCV = motor conduction velocity, SCV = sensory conduction velocity, SNAP = sensory nerve action potential.

考察

自験例は偏食によって惹起された脚気心に対して利尿薬を使用したことにより脚気ニューロパチーを合併した症例であ‍る.

自験例では鶏肉弁当ばかりを食べることによって脚気心を発症した.食肉100 gにおけるビタミンB1含有量を調べてみると,豚肉(豚ロース0.75 mg)と比べて鶏肉はビタミンB1含有量が0.05~0.10 mgと著しく少ない‍2.また自験例の年代における1日のビタミンB1の推奨摂取量は1.3 mg/日とされており‍3,鶏肉弁当のみでは1日に必要なビタミンB1の推奨量に到底及ばず,それが積み重なった結果,脚気心に至ったと判断した.

利尿薬がビタミンB1欠乏をきたす要因として,①ビタミンB1は水溶性ビタミンであり利尿薬を使用することで尿中排泄量が増加する,②ビタミンB1を活性化させるMgの尿中排泄量がループ利尿薬により増加する,③フロセミドは心筋へのビタミンB1の取り込みを阻害するとされている‍4.偏食によって脚気心を呈していたところに心不全加療としてループ利尿薬であるフロセミドによる治療が開始されたことによって,食事よるビタミンB1摂取量よりもフロセミドによる尿中へのビタミンB1排泄量が増加した結果,さらにビタミンB1欠乏が悪化し脚気ニューロパチーに至ったと考えた.

自験例を含めた利尿薬によって惹起されたビタミンB1欠乏症の症例をTable 2に示す‍4)~7.いずれの症例も中年の男性であり,背景疾患は不均一であった.しかし,いずれの症例もフロセミド投与によってビタミンB1欠乏症であるWernicke脳症や脚気ニューロパチーを発症していた.これらを踏まえると,基礎疾患や併存疾患のある中年男性にフロセミドを投与する場合は,Wernicke脳症や脚気ニューロパチーなどのビタミンB1欠乏症を来す可能性があることを踏まえて,ビタミンB群の測定や補充を行う必要があると思われる.

Table 2  Diuretics induced thiamine deficiencies.
Authors Age/Sex Comorbility Diutetics Causes of administration of diuretics Neurological complication Prognosis
Ono, et al‍5) 51/M DM nephropathy furosemide oliguria WE alive
Akahori, et al‍6) 66/M Gastrectomy 
Hypothyroid 
Oropharyngeal cancer
furosemide pitting edema polyneuropathy alive
Tsujino, et al‍4) 68/M PD furosemide pitting edema Wet beriberi alive
Misumida, et al‍7) 61/M Heart failure furosemide trichlormethiazine Heart failure WE alive
Our case 56/M none furosemide Heart failure Wet beriberi alive

Abbreviation DM = diabetes mellitus, PD = pancreaticoduodenectomy, WE = wernicke encephalopathy.

結語

心不全加療としてのループ利尿薬が惹起した脚気ニューロパチーを経験した.ビタミンB1補充により心不全と末梢神経障害が改善した.心不全加療中に筋力低下を認めた際には脚気ニューロパチーの合併を考慮し,ビタミンB1補充に留意する必要がある.

Notes

本論文の要旨は,第125回日本内科学会四国地方会で(2021年12月5日,徳島)で発表した.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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