臨床神経学
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症例報告
著明な馬尾腫大を呈した悪性リンパ腫の80歳女性例
城野 誉士山口 滋紀伊東 毅佐々木 芽衣金塚 陽一林 竜一郎
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2023 年 63 巻 1 号 p. 31-36

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要旨

症例は80歳女性.右下肢痛,進行性の両下肢筋力低下を主訴に入院となった.両下肢筋力低下,右L2以下の触痛覚鈍麻,両下肢腱反射消失,膀胱直腸障害を認めた.MRIで造影効果を伴う著明な馬尾腫大を呈した.髄液検査で細胞数上昇,糖の低下,蛋白上昇を認めた.細胞診でclass V,フローサイトメトリーでB細胞性のクロナリティを検出し,中枢神経原発悪性リンパ腫の診断に至った.馬尾病変の悪性リンパ腫は稀でその診断に高侵襲の馬尾生検が必要となり有用なバイオマーカーの確立が待たれる.侵襲が問題になる場合に髄液細胞診,フローサイトメトリー,バイオマーカーの併用で生検を行わず早期治療に繋げられる可能性がある.

Abstract

An 80-year-old woman presented with subacute right lower limb pain and bilateral lower limb weakness. MRI of the spine showed marked cauda equina enlargement with contrast enhancement. Cerebrospinal fluid (CSF) examination showed elevated cell count, decreased glucose, and elevated protein. Cytology of the CSF showed class V, which together with B-cell clonality by flow cytometry, led to the diagnosis of primary central nervous system lymphoma (PCNSL). The patient was treated with steroid, radiation, and chemotherapy. Despite the reduction in lesion size, her neurological symptoms revealed no improvement. PCNSL with cauda equina lesions are rare and often require highly invasive cauda equina biopsy for diagnosis. In recent years, some studies reported useful CSF biomarkers, but they may have some problems. Therefore, as in this case, the combination of cytology, flow cytometry and, CSF biomarkers could be a substitute method for invasive biopsies, and contribute to the early treatment of PCNSL.

はじめに

中枢神経原発悪性リンパ腫(primary central nervous system lymphoma,以下PCNSLと略記)は原発性脳腫瘍の5~7%を占める1.馬尾病変を呈するPCNSLは1%未満と非常に稀であり報告数も少ない.PCNSLの診断には髄液IL-2受容体,髄液CXCL13,髄液IL-10などのバイオマーカーの有用性が報告されているが,検査が保険適応外であることなど問題点も多い2.また同時に髄液細胞診やフローサイトメトリーを実施するが,いずれも感度の低い検査であることから診断確定のため侵襲度の高い生検が必要となる例が多い.しかし,生検は後遺症や合併症のリスクも高い.

今回我々は,著明な馬尾腫大を伴い,髄液細胞診とフローサイトメトリーからPCNSLと診断し,生検を行うことなく早期治療につなげることができた1例を経験した.生検による侵襲リスクの高い症例におけるPCNSLの診断に髄液細胞診とフローサイトメトリー,さらに髄液バイオマーカーの併用が有用と考えられたため,ここに報告する.

症例

症例:80歳女性

主訴:右下肢痛,両下肢筋力低下

既往歴・家族歴:特記すべきものはない.

現病歴:X月に右下肢のビリビリとした痛みが出現し,右下肢の力の入りにくさを自覚した.症状の進行に伴い2週後に杖歩行,1ヶ月後に歩行器歩行となり,6週後には車椅子生活となった.発症2ヶ月後に他院を受診し,胸椎MRI,骨盤MRIを撮影するも異常を指摘されず,発症から3ヶ月後に前医入院となった.腰椎MRIで造影効果を伴う馬尾腫大を認め,前医受診時には左下肢筋力低下も出現した.精査加療目的に当院に転院となった.

入院時現症:血圧136/76 mmHg,脈拍93/min・整,体温36.6°C,一般身体所見に異常はなかった.

神経学的所見:意識は清明,脳神経領域に異常はなかった.運動系は上肢に異常はなかったが,右下肢近位MMT 1/5,右下肢遠位MMT 0/5,左下肢MMT 4/5の右優位両下肢筋力低下を認めた.感覚系は右L2以下の遠位優位の触痛覚鈍麻を認めた.両下肢の腱反射は消失しており,病的反射は見られなかった.協調運動は上肢で正常,下肢は評価困難であった.排尿障害は当院入院時より尿道カテーテルが留置されており,排便障害も認めた.

検査所見:血液学的検査,血液生化学検査に異常はなく,VitB1 30 ng/ml,VitB12 776 pg/ml,葉酸17.6 ng/mlと基準値内であった.内分泌学的検査はTSH 0.49 μIU/ml,FT4 1.09 ng/dl,FT3 1.83 pg/mlと基準値内であった.免疫系は抗核抗体 <40倍,抗SS-A抗体,抗SS-B抗体,MPO-ANCA,PR3-ANCAいずれも陰性であった.血清ADA 16.5 U/l,ACE 10.4 U/l,可溶性IL-2受容体427 U/mlといずれも基準値内であった.髄液は黄褐色で蛋白3.760 mg/dl,糖9.0 mg/dl(随時血糖105 mg/dl),細胞数156/μl(単核球83%,多形核球12%,大型細胞5%)と蛋白の著明な上昇,細胞数上昇,及び髄液糖の低下を認めた.髄液中ADA 186 U/l,髄液可溶性IL-2受容体29.200 U/lといずれも高値であり,髄液一般細菌培養,抗酸菌培養は3回実施したが陰性であった.胸腰椎MRIでは2ヶ月前の検査では認められなかった左Th9レベルに髄腔内に入り込む腫瘍性病変と著明な馬尾腫大が出現した(Fig. 1A~E).いずれの病変も造影効果を伴っていた(Fig. 1F~H).脳MRIで右頭頂葉にT2/FLAIR高信号域を認め,造影T1強調画像で内部に一部造影効果を認めた(Fig. 2A~C).全身の腫瘍性病変の精査のため18F-FDG PET検査を行ったが,左Th9レベルの病変,馬尾以外に明らかな異常集積はなかった.

Fig. 1 MRI of the spinal cord (A: 1.5 T T2WI, B, C: 1.5 T fat-suppressed T2WI, D, E: 1.5 T T2WI, F–H: 1.5 T fat-suppressed Gadolinium enhanced T1WI).

(A) MRI on two months before the admission showed normal spinal cord. (B, C) MRI on the admission showed a lesion behind the spinal cord at T9 (white arrowheads),and diffuse cauda equina enlargement (yellow arrowheads). (D) MRI on the admission showed a sticking lesion into the spinal canal from left side at T9 (arrow). (E) MRI on the admission showed cauda equina enlargement (arrow). (F–H) Gadolinium Contrast-Enhanced MRI on the admission showed contrast enhancement on the T9 lesion (F; white arrowhead, G; white arrow) and enlarged cauda equina (F; yellow arrowheads, H; yellow arrow).

Fig. 2 MRI of the brain (A: 1.5 T T2WI, B: 1.5 T FLAIR, C: Gadolinium enhanced T1WI).

(A, B) MRI on the admission revealed a high signal lesion in the right parietal lobe. (C) Gadolinium enhanced MRI on the admission showed contrast enhancement in the part of the lesion.

前医で施行された髄液細胞診は核小体の腫大を示すN/C比の高い異形細胞が検出され,class Vの診断であった.遺伝子検査でIgH rearrangement陰性,fluorescence in situ hybridi­zation(FISH)においてt(11:14)は認めなかった.フローサイトメトリーでのリンパ球表面抗原の解析結果ではCD19,CD20陽性細胞が検出されB細胞性リンパ腫が疑われた.

入院後経過(Fig. 3A):検査結果からPCNSLの診断となり,当院血液内科に転科の上,第18病日よりデキサメタゾン8 mg/日を開始し,漸減中止した.加えて,第20病日より馬尾に対する30 Gy放射線照射を開始した.その後,第33病日より化学療法として高用量メトトレキサート(HD-MTX)を含むR-MPV(Rituximab+メトトレキサート+プロカルバジン+ビンクリスチン)療法を2コース施行したが,右下肢の感覚障害や両下肢の筋力低下は改善を認めず,残存した.尿道カテーテルについても入院中抜去し自尿を得られたが,ADL低下も重なり再留置に至った.治療終了後環境調整を行い,第76病日に自宅退院となった.入院中,右頭頂葉病変,及び馬尾病変のMRIフォローを行い,病変はいずれも縮小傾向を認めた(Fig. 3B, C).

Fig. 3 Clinical course (B: spine MRI 1.5 T fat-suppressed T2WI, C: brain MRI 1.5 T T2WI).

The weakness of left lower limb made worse, thus we started dexamethasone and 30 Gy radiation therapy for the cauda equina lesion. After that, we conducted first and second course of R-MPV (Rituximab, Methotrexate, Procarbazine and vincristine) treatment. The neurological symptoms including dysuria and constipation had no improvement. (B) MRI of the spine after the radiation for cauda equina revealed that the lesion at T9 disappeared and that the cauda equina enlargement improved (yellow arrowheads). (C) MRI of the brain after the first chemotherapy (R-MPV treatment) showed the right parietal lobe lesion reduced in size (white arrowhead).

考察

PCNSLは原発性脳腫瘍の5~7%を占める1.PCNSLの病変部位別に見ても87%がテント上と最も多く,脳幹は7%,髄腔内は7~42%に見られるのに対して脊髄は1%未満と非常に稀である3.組織学的にはPCNSLの約90%はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(diffuse large B-cell lymphoma,以下DLBCLと略記)を占めるが4,確定診断は侵襲的な生検による組織診断であり診断や治療に難渋し,治療介入が遅れる例も少なくない.

PCNSLの症例では炎症性疾患と同様に,髄液所見で細胞数増加,蛋白の上昇,髄液糖の低下が見られ,画像検査で病変の造影効果を一般的に認めるが,いずれも特異度の低い所見である5.そのため,早期からPCNSLの診断,及び治療介入を行うためにはPCNSLに特異的なバイオマーカーや髄液所見が重要である.

PCNSLのバイオマーカーとして髄液中可溶性IL-2受容体,IL-10,C-X-C Motif Chemokine Ligand 13(CXCL13)の有用性が示唆されている67.可溶性IL-2受容体は他の腫瘍性疾患との鑑別ではカットオフ値を60.4 U/mlとした場合に感度94.7%,特異度84.6%と報告されており6,本例でも著明な上昇を認めた.髄液IL-10は髄液可溶性IL-2受容体と比較して診断精度が高いことが報告されており,カットオフ値を9.5 pg/mlとした場合に感度71%,特異度100%と報告されている6.CXCL13はB細胞を誘引するケモカインの一つで,髄液中CXCL13は既報告でカットオフ値116 pg/mlとした場合に感度71%,特異度95%とされ,髄液IL-10とともに高い診断精度を有するバイオマーカーとして報告されている7.さらに髄液IL-10,髄液CXCL13の組み合わせにより特異度が99.3%まで上昇し,診断精度の向上が期待できるとの報告もあり7,バイオマーカーを利用した早期診断,早期治療への期待が高まっている.

一方で髄液バイオマーカーの問題点も指摘されている.頭蓋内圧亢進がある場合には腰椎穿刺を実施することができず,高齢者では腰椎疾患の有病率も高く腰椎穿刺そのものが困難である場合も少なくない.また髄液IL-10,CXCL13はいずれもステロイド治療により濃度が著しく低下することが報告されており,偽陰性となることが懸念される.また本邦ではいずれの項目も保険適応外であり,検査実施可能な医療機関が限られる点も問題点として挙げられ2,より汎用性の高い検査体制の確立が待たれるところである.

バイオマーカーと同時にPCNSLの診断には髄液細胞診とフローサイトメトリーが利用される.髄液細胞診は診断感度が2~32%と低く,髄液処理が遅れた場合やステロイド導入後の症例ではさらに感度が低下するため5,複数回実施する,あるいは検体量を十分確保するなどの対策をし,感度を上昇させる工夫が必要である.フローサイトメトリーは一般に骨髄検査で実施することが多いが,髄液検体でも十分な細胞数があれば実施可能である.健常者の髄液でフローサイトメトリーを行った報告ではCD3+細胞が97%とT細胞が大半を占めているとされ,ウイルス性髄膜炎など髄液中の炎症でもCD3+細胞が90%前後とT細胞系が中心に検出される8.そのため,本例のように髄液のフローサイトメトリーでB細胞に特異的に発現するリンパ球表面抗原の検出は悪性リンパ腫を強く疑うことができる所見と考えられる.

髄液細胞診,フローサイトメトリーいずれも単独での診断感度が低いことから,PCNSLの確定診断は組織診断がいまだゴールドスタンダードとなっている.しかし,生検は手技そのもののリスクとして神経障害のリスクが大きい.定位脳生検に伴う合併症の割合は0~12%と報告されており,頭蓋内出血や浮腫が多い.死亡率は2%未満で生検に伴う重度の出血に関連したものが多い.合併症の危険因子として深在性病変や血流豊富な新生物の病理診断の場合と考えられ,年齢や基礎疾患,病変の大きさなどに術後の合併症や死亡率と一定の相関は報告されていない9.脊髄生検での合併症の割合は少人数のレビューでの報告にとどまるが,13.2~21%との報告がある.合併症としては神経障害や感染症が多く報告されている1011.若年者では早期診断や治療のため外科的生検が第一選択となるが,合併症が多い高齢者など生検そのものの実施が難しい症例も少なくない.

我々は本例と同様に馬尾病変を認めたPCNSLの既報告例24例の診断過程について検証を行った12)~32.24例の平均年齢は58.0歳(16~77歳),男性14例,女性10例であった.24例中1例は全身検索についての記載がなく,2例では傍大動脈リンパ節腫大や骨病変の合併を認めた1432.その他21例では,中枢神経系を除く病変の合併はいずれも見られなかった.22例(92%)で馬尾生検,あるいは合併する中枢神経病変に対して生検を施行して確定診断が行われていた.生検を実施されなかった症例は2例あり,Nishidaらは本例と同様に細胞診でclass V,フローサイトメトリーでB細胞性のクロナリティの検出に成功し,生検を行うことなく治療を開始することが可能であった30.本例はNishidaらの症例と異なり,生検のリスクがより高くなる高齢者であり細胞診とフローサイトメトリーのみで診断に至り,治療を開始できたことが特筆すべき点といえる.

既報告で髄液中バイオマーカーの測定を実施した例が少なく,24例中髄液可溶性IL-2受容体を測定した例は3例でありいずれも高値を認めていた151831.しかし,髄液IL-10,CXCL13の測定は行われた報告は本例を含め見られず,今後これらのバイオマーカーの併用によりPCNSLの診断に利用できる検査の選択肢が拡大されることを期待したい.

PCNSLの確定診断の多くが未だ組織診断によって行われているが,細胞診,フローサイトメトリー,バイオマーカーの併用による診断は早期治療介入を可能とするものと考えられる.特に,高齢者など生検の高い侵襲性が問題になりうる場合には生命予後の改善が期待でき,より大きなメリットとなり得ると考えられる.

Acknowledgments

謝辞:本症例の重要な検査所見や経過を提供いただきました社会福祉法人済生会神奈川県病院脳神経内科の黒野裕子先生に深く御礼を申し上げます.

Notes

本報告の要旨は,第240回日本神経学会関東・甲信越地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

文献
 
© 2023 日本神経学会

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