2013 年 10 巻 1 号 p. 8-
2009年からアメリカで,2012年から日本でそれぞれ利用がはじまったX線自由電子レーザー(XFEL)は,これまでにない高ピーク輝度を有するX線光源である.XFELを試料に照射する実験では一般に,多光子過程である多重イオン化が起こり,最終的に試料が損傷する.そのためXFEL科学の確立には,試料損傷時間より十分短いパルスの開発が重要である.我々は,極短パルスの制御を目指し,まずXFELにより生成される多重イオン化状態,および価電子励起スペクトルを介して多重イオン化に伴って起こる価電子緩和過程を,第一原理計算を用いて検討した.アニリン分子の多価イオンの励起状態を検討したところ,XFELにより生成される内殻正孔は,価電子励起エネルギーを可視光領域へ大きく赤方偏移する,すなわち,内殻正孔の情報が価電子励起ピークの赤方偏移として抽出されることがわかった.さらに,レート方程式を用いて多重イオン化状態の寿命に関して解析し,実際に実現可能な実験条件において赤方偏移をもたらすこの特徴的な状態が観測されうることを明らかにした.これは,XFELパルスの情報が,超精密測定が可能な可視光エネルギー領域に内殻正孔の存在を通して射影されたと言え,極短パルスの制御に向けて重要な進展と考えられる.