宇宙における重元素の起源,特に金やプラチナ,ウランなど速い中性子捕獲反応を必要とする元素の起源は長年にわたる物理学・天文学の未解決問題である.近年,そのような重元素の起源として最も期待されているのが「中性子星」の合体現象である.中性子星が合体すると一部の物質が放出され,速い中性子捕獲反応により重元素が合成される.さらに,新しく合成された原子核の放射性崩壊によって加熱された物質が「キロノバ」と呼ばれる電磁波放射を起こすことが予想されてきた.キロノバは,可視光・赤外線光子が重元素の束縛–束縛遷移によって放出物質と相互作用しながら系からじわじわと抜けてくる現象であり,キロノバの性質を理解するには,完全性の高い重元素の原子データが必要不可欠である.本稿では,キロノバの性質を理解するための重元素の原子データの需要と,近年の進展について紹介する.また,中性子星合体の重力波・電磁波観測の現状を紹介し,中性子星合体の重元素合成に関して何が分かっているかをまとめ,今後の展望を述べたい.
宇宙における重元素の起源,特に金やプラチナ,ランタノイドなどの速い中性子捕獲反応により合成される元素の起源として,中性子星の合体現象が注目されている.中性子星が合体すると中性子過剰な放出物質中で元素合成が起き,合成された原子核の放射性崩壊によって電磁波放射「キロノバ」が引き起こされる.中性子星合体で合成された個々の元素の情報を引き出すためには,キロノバのスペクトルを理解することが必要不可欠である.本稿では,キロノバの可視光・赤外線スペクトルを理解するために必要な正確性の高い重元素の原子データの需要と,スペクトル解読における近年の進展について紹介する.
放射線挙動解析コードPHITS は,放射線の挙動をコンピュータで模擬するモンテカルロコードであり,2018 年以降,生体の主成分である水中における原子との個々の衝突過程を再現できる飛跡構造解析モードが開発され,高空間分解能な放射線の飛跡構造解析が可能となった.一方,飛跡構造解析モードで計算される電離や電子励起の空間パターン(密度分布)の情報を活用し,様々なタイプのDNA 損傷数を効率的かつ高精度に推定する解析コードの開発にも成功している.本稿では,最新版PHITS に搭載されている飛跡構造解析モード及びDNA 損傷推定手法について概説し,PHITS の生命科学分野への応用例を紹介する.