抄録
巻頭言
「コンテンツツーリズムにたどり着くまで」
増淵敏之
コンテンツツーリズム学会会長・法政大学大学院政策創造研究科教授
大学教員になる前は30年ほどメディア、コンテンツの世界に身を置いていた。その頃は大学教員など将来ビジョンの中に欠片もなかった。「好きこそものの上手なれ」という諺にあるように、「好きなこと」だったのでその道に入り、長くこの世界にいたのだと思う。確かに「好きなこと」ではあったのだが、当然、ことがうまく進むことのほうが実際は少ないわけで、大半の時間が模索の連続だった。
番組や音楽、映像を作る作業はとても創造性に溢れ、それが最大の救いでもあった。ひとと創造的な仕事をすることは様々な雑念を忘れさせてもくれる。例え納期が近くても、それは苦にならない作業だった。発想は自由だ。もちろんビジネスとしての制約があったとしても、今、振り返るとそれはかけがえのない時間だった。おそらく現在の自分も紛れもなくその延長線上にいるのだろう。
相変わらず創造的な時間は傍らに存在する。こうして原稿を書く作業も然り、関係各位と議論をするのもまた然りだ。だからコンテンツツーリズムを研究し始めた背景には、コンテンツを作るという体験が存在するのだろう。もしかすると特殊な研究へのアプローチなのかもしれないが、これもまた自分の独自性だと勝手に解釈している。つまりあくまでもコンテンツありきのスタンスから始まったといえる。
さて個人的な研究領域とすれば地理学になる。確かに学部から地理学を専攻していたのだが、コンテンツツーリズムとの結節は、音楽コンテンツ企業にいたときのアーティスト発掘の時代に起因すると考えている。地域という概念とリアルに向かい合った数年間だった。その地域の特性を理解して初めて有意な人材を確保できるということを、実践を通じて学んだことが極めて重要だ。何故、創作者は当該地域を舞台に選ぶのだろうか。最初のイントロは「ご当地ソング」からだった。
そして他のコンテンツ領域にも拡張して、そのアプローチから纏めたのが、2010年に出版された『物語を旅するひとびと−コンテンツツーリズムとは何か』だった。当時、地域の疲弊が恒常的になっており、定住人口から集客人口へと地域の戦略が変化しつつあった頃だ。コンテンツツーリズム学会の設立骨子においてもこの点が強調されている。コンテンツの地域で利活用の手法の確立、そしてそれを持続的な戦略構築に組み立てることを目的とした調査、分析、考察をこの学会を通じて、多くの人々に周知してもらいたいと考えている。
もちろんその前提にコンテンツ個々へのリスペクトを忘れてはいけないと思っている。