本学会の増淵会長の近著『おにぎりと日本人』(洋泉社)は、ありそうでなかった日本人のソウルフードおにぎりの歴史や文化、地域性、その未来などの蘊蓄を詰め込んだ快作である。専門書ではなく、気楽に読める新書なので是非読んでほしい。読後、すぐに誰かに話したくてたまらなくなるエピソードばかりである。
その冒頭に、10数年前に公開されさりげなくヒットした日本映画『かもめ食堂』の話がでてくる。フィンランドのヘルシンキ、日本人女性がオーナーの小さな食堂を舞台にした不思議と心温まる作品である。そこに、おにぎりが登場しストーリーの中で存在感を示す。ロケ現場となったお店は現在「かもめ食堂」の名で日本人が経営しており、決して少なくない数の日本人の映画ファンが訪れている。筆者も、ここを訪れるだけが目的ではなかったが2度ほど訪れ、作品の中で登場するもうひとつのキーとなる食、シナモンロールを食べた。遠い地の映画の舞台で、作品に登場したものを食すのはなんとも味わい深い。
筆者はコンテンツツーリズムとともに、フードツーリズムも研究対象としている。フードツーリズムとは、「その国や地域の特徴ある食や食文化を楽しむことを主な旅行動機、主な旅行目的、目的地での主な活動とする旅行、その考え方」と定義している。その国や地域の食とは、その国民や地域住民が誇りに感じている食べ物のことであり、それをわざわざ食べに訪れるのがフードツーリズムである。
わざわざ食べに訪れる食に出会うのは、様々なパターンがある。一度訪れ食して感動したので、その地は訪れていないがその食を提供するレストランなどで食して感動したので、食したことはないが多くの人が美味であると言っているので、そして、小説や映画、TVドラマ、マンガ、アニメなどの作品に登場した食をどうしても食べてみたくなったので、などであろう。近年のインバウンドにおける「日本食ブーム」は、2番目の日本食レストランで食べた日本食が美味しく、本場で食べてみたいというものと推測している。実際、海外の日本食レストランの数は拡大し続け、なんと約11万8千店(2015年)あるという。
日本に訪れた外国人は、寿司、刺身、天ぷら、すき焼き、そしてラーメンなどの代表的な日本の食を楽しむが、カレーライスも多くの人が挑戦している。それは海外で放送されるアニメの食事シーンで必ず登場しているからであるらしい。日本人だけでなくローマを訪れる旅行者は、必ずスペイン広場でジェラートを食べる。勿論『ローマの休日』が生み出したブームである。そう思うと、確かに様々な作品の中で食や食事場面が登場している。その食と作品の物語、舞台となる地が一体化し観光資源となる可能性はあり、もうすでにそんな観光現象は起こっているのではないかと思う。美味しそうな研究対象である。
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