抄録
本研究では、1910年代において京都市周辺で未成となってしまった電気軌道敷設計画に着目して、それぞれの特徴、背景と実現しなかった過程を明らかにした。その結果、電気軌道を敷設することで既得権を確保し、投機的な目的を持つ計画は遊覧地を経由することに重きを置き、どの計画も特許下付されず、京都府が公益性を鑑みて判断していた。特許が下付された2軌道と特許下付に至らなかった放射型の軌道は市域を起点として主要街道の道路上や道路に沿う形で周辺の村落とを結んでいたため、市街化及び人口増加の最前線となっていた。道路の補助機関としての役割が期待されており、村民や発起人が地域の課題を捉えた上で、電気軌道の必要性を訴えていたことは特筆に値する。