抄録
【目的】樋口ら(2013)は、大学野球選手を対象にワイヤーロープを用いて打撃動作を模倣した
状態での5秒間の最大等尺性筋力発揮直後にバットスイング速度(以下BSV)が高まったとし、そ
の後に素振りなどを8週間(週3回)行なった結果、BSV増加を報告している。小中学生のチーム
ではトレーニング機器などが整っていないのが一般的だが、等尺性運動であれば固定された
フェンスの鉄柱などで代用が可能であり、環境が整わないチームにとっては有効な方法となり
うる。そこで本研究は、ジュニア期の野球選手に対する最大等尺性収縮運動(以下MVC)後の活
動後増強効果がBSV向上に貢献するかの検証を目的とする。
【方法】実験または測定環境:晴天の土のグラウンド実験または測定参加者:トレーニング経
験のない男子野球選手(小学6年~中学3年)17名、平均年齢 13.8±0.8歳、身長 153.5±10.6㎝、
平均体重 51.7±13.1㎏ 実験または測定手順及び分析方法:マイクロ波レーダー方式を使用
した測定器「NEW RED EYES POCKET(PRGR社製)」を三脚に固定、高さ80㎝、被験者の胴体から1.5m
離し、機器のセンサーの向きを投球方向と一致させて設置。以下の手順で3度測定した。①標
準的な重さのバット(83㎝、780g)での最大努力でのスイングを3回測定し、最高値を採用 ②打
撃姿勢を模倣した形で固定されたフェンスの鉄柱を握り、最大努力でのスイング開始動作 (=
MVC)を5秒×2回、投手側の手から片手ずつ交互に行う ③5分後に再度①を行い、最高値を採用
統計分析:MVC前のBSVの平均値と、MVC後のBSVの平均値の差が統計的に有意か確かめるために、
Microsoft Excelの分析ツールにより有意水準5%で両側検定の対応のあるt検定を行った。
【結果】1回目 MVC前 BSV平均105.7±12.4㎞/hに対し、MVC後 107.0±12.3㎞/hとなり、両者
に有意差はなかった。2回目 MVC前 BSV平均106.7±13.5㎞/hに対し、MVC後 106.3±12.8㎞/
hとなり両者の間に有意差はなかった。3回目 MVC前 BSV平均101.8±12.8㎞/hに対し、MVC後
101.5±13.0㎞/hとなり両者の間に有意差はなかった。
【考察】J.M.Wilsonら(2013)は、活動後増強はトレーニング経験や筋力レベルで効果が異なり、
疲労回復に必要な時間、効果消失まで時間も異なることを示している。トレーニング未経験で
筋力も低いジュニア期の選手には、5分間では疲労回復の時間が足りなかったか、その間の効
果消失も考えられる。また鉄柱を用いた方法では、増強刺激となるべき最大随意収縮に到達で
きていたかも明確ではなかった。さらに技術的に未熟であることから、等尺性収縮による特異
的な筋力発揮の影響がスイング動作に及んだ可能性もある。
【現場への提言】今回は向上効果を得られなかったが、休息時間を含む各種変数の調整や長期
的実施により、MVC発揮の改善など適応の可能性はある。しかし、ジュニア期の選手は様々な
面で未熟であり、体へ過剰な負荷や特異性などの影響を受ける可能性もある。