2020 年 11 巻 1 号 p. 1_73
(緒言)
近年,糖質制限食によるダイエットが話題となっている.糖質制限食を実践する過程においてストレスがかかると考えられるが,行動面に及ぼす影響は明らかではない.脂質は脂肪酸組成により,生理効果が異なり,冠動脈心疾患を低減するn-6系脂肪酸,うつ症状改善や高齢者における認知機能の低下を抑制するn-3系脂肪などがある.ストレスには,薬物療法が用いられるが,副作用を伴う場合が多いため,食事療法でストレスを緩和し,精神や行動面に与える影響を明らかにする必要がある.今回は,低糖質食と脂肪酸組成の異なる油脂をラットに摂取し,行動面に与える影響を調べることを目的とした.
(研究方法)
Sprague-Dawley系雄ラット5週齢に実験飼料を4週間摂取した.普通食(Normal diet:N)は,AIN-93組成に準じた10%油脂区分の基礎飼料に,n-6系としてリノール酸(Linoleic acid:LA)を多く含有する和光純薬(株)製の大豆油とn-3系としてエイコサペンタエン酸(Eicosapentaenoic acid:EPA)を多く含有するアイドゥ(株)のEPA含有精製魚油加工食品EPA1100を用い,N-LA,N-EPAの2群とした.また,低糖質食は,基礎飼料の30%油脂区分としてエネルギー量を同一にしたデンプン(Cornstarch:C)主体の低糖質食と砂糖(Sucrose:S)主体の低糖質食を設け,普通食と同様の油脂を用い,C-LA,C-EPA,S-LA,S-EPAの4群とした.実験期間終了後の各群における総飼料摂取量,体重増加量,後腹壁脂肪重量の測定を行った.行動観察は,飼料投与後2週と4週目に,高架式十字迷路試験を行い,センターアーム,オープンアーム,クローズアームでの滞在時間,進入回数などを測定した.行動解析は,バイオリサーチセンターのSMART v3.0ビデオ行動解析ソフトウェアプラットフォームを 用いて行った.
データは,平均±標準誤差で表した.統計処理に は,PASW Statistics 20(日本IBM(株))を用い,一元配置分散分析および多重比較(TukeyあるいはDunnett T3)を行った.検定の結果は,危険率5%および1%未満を有意と判定した.
(結果)
普通食のN-LA群とN-EPA群において,総飼料摂取量,体重増加量に差はなかったが,後腹壁脂肪重量では,N-LA群よりN-EPA群で有意(p<0.05)に低値を示した.不安行動の観察では,2週目,4週目ともに差異は認められなかった.低糖質食において,総飼料摂取量,体重増加量,後腹壁脂肪重量では,C-LA群よりC-EPA群で有意(p<0.05)で低値,S-LA群よりS-EPA群で有意(p<0.05)に低値を示した.2週目のクローズアーム滞在時間は,C-LAよりC-EPAとS-EPAで有意(p<0.05)に短かった.また,S-LAよりC-EPAとS-EPAで短い傾向にあった.オープンアーム滞在時間は,群間における差は見られなかった.センター滞在時間は,C-LAよりC-EPAとS-EPAで有意(p<0.05)に長かった.また,S-LAよりS-EPAで長い傾向が見られた.4週目のセンター滞在時間は,C-LAよりC-EPAで長い傾向にあった.また,進入回数に関しては,群間における有意差はみられなかった.行動観察から,糖質の種類による差は見られず,n-6系よりn-3系油脂でクローズアーム滞在時間が短く,センター滞在時間が長いことが明らかとなった.
(考察)
普通食では,油脂による不安行動への影響はみられなかったが,糖質制限食では,n-6系よりn-3系油脂でクローズアーム滞在時間が短く,センター滞在時間が長いことから,油脂の質を考慮することで,不安行動が減少し探索行動が増加することが示唆された.また,飼料摂取は,短期間で影響し,エネルギーが同一であれば,糖質の種類による差異はないことが推定された.これらより,n-3系油脂を食事に取り入れることで不安行動を緩和し,うつ症状の改善や認知機能の低下を抑制することが期待される.
(倫理規定)
本研究は,千葉県立保健医療大学実験指針に基づき,「動物実験研究倫理審査部会」の承認(2018-A05)を得て行った.
(利益相反)
本研究に関して,開示すべきCOIはない.