2020 年 11 巻 1 号 p. 1_74
(緒言)
顎口腔機能異常を訴えて来院する患者数は年々増加しており,顎口腔系の不調和の他,多種多様な随伴症状や疲労感,精神的ストレスの徴候を有する症例も多く見受けられる.なかでも,頭頚部から背部にかけての疼痛や凝りは最も頻度の高い症状であり,こうした患者には全身姿勢の不良を呈する者も認められる.近年では,頭部の前方偏位や猫背などの不良姿勢を呈する若年層が増加しているとの報告もあり,生活習慣等による若い頃からの不良姿勢が積み重なることで,咬頭嵌合位が大きな自覚症状もなく徐々に不安定になり,様々な咬合接触の異常(咬合異常)が惹起される可能性が考えられる.不安定な咬頭嵌合位による咬合異常は関連筋群や顎関節の安定した機能に対して負の影響を与え,さらには全身の不定愁訴を誘引する可能性も報告されており,顎口腔機能の改善を主たる目的とした歯科治療を行うためには,全身姿勢が下顎位に及ぼす影響について検討することが重要である.そこで本研究では,若年者における,スパイナルマウス®を用いた脊柱アライメント評価による姿勢分析と,咬合接触状態および咬合力との関係を明らかにすることを目的とした.
(研究方法)
対象者は2018年度歯科衛生学科学生のうち研究協力の承諾が得られた学生とした.咬合接触状態と咬合力の測定には,咬合圧測定用感圧フィルム(デンタルプレスケールⅡ®,GC)を用いた.咬頭嵌合位における咬合を確認後,座位の状態において感圧フィルムを最大咬合力で3秒間咬ませ試料採得を行い,その後専用解析装置を用いて咬合接触状態と咬合力を解析した.また,咬合検査前後に対象者へ日常生活に関する質問紙調査(悪習癖・身体症状の有無等)を行った.
姿勢の測定は,矢状面および正面方向より撮影した安静立位写真撮影と,スパイナルマウス®を用い安静立位における矢状面彎曲の測定を行った.姿勢の良否に関しては,安静立位写真とスパイナルマウス®のデータを本研究チームの研究者がそれぞれ観察し,本研究チームの5名中3名以上が「不良姿勢」と判断した対象者を「不良姿勢群」とし,「良姿勢群」も同様に研究者の判断が一致した者とした.
統計解析は,SPSS. Statistics Ver.25を用い,良姿勢と不良姿勢における2群比較ではt検定を,脊柱アライメントと咬合力の関連性についてはSpearmanの順位相関を求めた.有意水準は5%以下とした.
(結果)
同意が得られた40名のうち22名(良姿勢群11名・不良姿勢群11名)を対象者とした.対象者全体における咬合力の平均値は1138.4±491.5 N,咬合接触面積は 31.9±11.7mm2であった.また仙骨傾斜角は9.6±9.2°,胸椎後弯角は33.8±9.7°,腰椎前弯角は-24.2±10.0°であった.咬合接触面積の平均値において良姿勢群と不良姿勢群の間に有意差は認められなかったが,咬合力において良姿勢群(917.9±334.5 N)と不良姿勢群 (1365.3±555.9 N)の間に有意差が認められた.また,脊柱アライメントと咬合力の関連性では,仙骨傾斜角と咬合力との間に有意な正の相関(r=0.54)が,腰椎前弯角と咬合力との間に有意な負の相関(r=-0.47)が認められた.ブラキシズムの有無と姿勢の良否に関して独立性の検定を行ったところ,カイ二乗値4.545,有意差0.043であり,ブラキシズム(歯ぎしり)と姿勢の良否の間に関連性のあることが認められた.
(考察)
本結果より,姿勢の良否と咬合力やブラキシズムには関係があることが示唆された.強い咬合力は歯や歯周組織,歯槽骨の破壊にもつながることから注意が必要とされている.しかし,若年成人女性の咬合力の標準値は文献により大きく異なる(1087~2170 N)ことや,ブラキシズムの原因は解明されておらず,咬合異常が発現に関与しているかどうかも不明であることから,本結果における不良姿勢の咬合力が強いかどうかも含めて,咬合と姿勢の関連性について今後更なる検討が必要であると思われる.
(倫理規定)
本研究は,千葉県保健医療大学研究等倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号2018-18).
(利益相反)
演題発表に関連し,開示すべきCOI関係にある企 業等はない.