千葉県立保健医療大学紀要
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第11回共同研究発表会(2020.9.7~9.11)
健常成人上肢の感覚神経伝導速度
─ 正中神経における分枝による違い ─
三和 真人藤尾 公哉江戸 優裕雄賀多 聡高橋 宣成
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2021 年 12 巻 1 号 p. 1_96

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抄録

(緒言)

 近年,診療報酬改定に伴い感覚評価が必須となり,神経伝導検査が用いられている.しかし,手指の伝導速度の正常範囲設定が不可欠であるものの,今日まで正常値を表した論文が見当たらない.特に環指の正中・尺骨神経の感覚神経伝導速度(sensory conduction potential;SCV)や母指の正中・橈骨神経感覚神経伝導速度の潜時差について検討はされてきたが,未だ正中神経の環指と母指の速度乖離について報告はない.

 そこで,本研究は環指と母指の速度から同じ正中神経の乖離の原因を解明することを目的とした.

(研究方法)

 対象者は21~37歳の健常成人102名(男性82,女性20),平均年齢24.9±3.5歳,被験手は利き手(右94,左8)とした.

 測定は正中神経,尺骨神経,橈骨神経浅枝の感覚神 経活動電位(sensory nerve action potential;SNAP)を 記録し,陰性頂点までの頂点潜時(peak latency)を計測してSCVを算出した.環指と母指のSCV記録はMP関節とPIP関節の間に関電極,DIP関節上に不関電極,手掌中央に接地電極を設置して計測した.

 Robinson1)やLewら2)による手根管症候群の伝導神経検査方法に基づき,刺激部位は関電極から14cm近位部の正中・尺骨神経上とし,0.2msecの矩形波で最大上刺激をそれぞれの神経に加えた.同様に母指に対して関電極から10cm近位部の正中神経と橈骨神経浅枝上に加えた.

 統計分析にはpeak latencyは対応のあるt検定で比較した.各神経のSCVは一元配置分散分析を行い,差の比較はBonferroni検定を用いた.なお,有意水準は5%とした.

(結果)

 (1)環指SNAPのpeak latencyは尺骨神経3.4±0.6msec,正中神経3.4±0.6msecと差がなかった.母指SNAPの peak latencyは橈骨神経浅枝2.6±0.5msecで,正中神経2.6±0.5msecよりも短かった(p<0.01).

(2)SCVについては,環指の正中神経SCV41.1±3.8m/s,尺骨神経SCV41.0±4.3m/sと両神経間に差はなかった.母指については正中神経SCVの36.2±4.3m/sと,橈骨神経浅枝SCVの39.4±3.9m/sよりも遅く,優位な差が認められた(p<0.05).

 これらのことから,母指正中神経のSCVは,環指の正中神経,尺骨神経と母指の橈骨神経浅枝のSCVよりも遅かった(p<0.01).

(考察)

 橈骨神経浅枝のSNAPは母指正中神経のSNAPに比 較してpeak latencyが明らかに短かった.橈骨神経浅枝は皮膚直下を走行しているのに対して,正中神経は橈側手根屈筋や長掌筋の深部で手根管内を走行しているため,潜時差が生じていると考えられる.つまり,髄鞘の損傷による伝導速度遅延や神経ブロックが発生しやすく,遅延を生じる可能性が高いものと考えられる.

 何故に同じ正中神経でも分枝によってSCVがことなるのだろうか.本研究は若年の健常成人を対象としており,母指への正中神経の分枝だけが特異的に障害されるとは考えにくい.

 一般的に,末梢神経は末梢になればなるほど径は細くなり,神経筋接合部のend-plateに近づくにつれて有髄神経においても無髄となる箇所が存在することより,伝導速度の遅延を助長する可能性がある.つまり,SCVが低下する原因の引き金となる非一様性が存在することが考えられた.

(倫理規定)

 本研究は本学研究等倫理委員会の承認を得て実施したものである(2019-03).なお,本研究について申告すべきCOIはない.

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