2025 年 16 巻 1 号 p. 1_153
(緒言)
2022年10月現在,我が国の65歳以上の国民における介護保険認定率は約19%であり,このうちの約59%が自宅で居宅サービスを受給している(介護保険事業状況報告:令和4年10月).加齢に伴い医療機関への受診率は高まり,東京都では,後期高齢者の約80%が2疾患以上の慢性疾患を併存,約60%が3疾患以上の慢性疾患を併存していることが報告されている1).健康寿命を延伸するために,ソーシャルキャピタルを醸成することの重要性が指摘されて久しいが,健常者と,障害や特に複数の慢性疾患を抱えた高齢者に対し地域においてともに健康を支援する手法は明らかではない.
障害や疾患があっても,身体的な負担がなく精神的ストレスも少なく測定できる指標として「身長」がある.身長は若年時と比較して2cm以上短縮していれば脊柱管狭窄症が疑われること,不良姿勢に強く影響されること,起床直後が就寝前よりも伸長していることなど,個体内の変動は大きいが対象者の身体状況を反映できる指標である.対象者にとって体重よりも測定に抵抗がなく衣服着脱の必要がなく簡易であり,また家庭で測定することは少ない.何よりもわかりやすく,対象者の興味・関心をひく指標である(島田他,千葉体育学研究 2015).
本研究は,健常者および障害及び慢性疾患を患いながら地域で生活する高齢者が,ともに健康を支援する手法として簡易な身長の変化に着目した.本研究の目的は,身長を介護予防の指標とした取り組みの基礎資料として,10年間の身長の変化と生命予後の関係について明らかにすることである.
(研究方法)
千葉県および新潟県に在住する高齢者を対象とした長期縦断調査における身長の変化を検討した.
1998年より実施された新潟調査における対象者600名のうち,70歳から80歳まで毎年身長を測定したもの201名(1年で10 cm以上減少した者を除く)と,そのうち90歳まで生存し会場検診を受けた者51名,また,2011年より月に2回,定期的な運動教室に参加している者25名(千葉調査)について,身長と生命予後について検証した.
身長はポータブル身長計(seca213 seca株式会社 千葉)により,着衣で測定し,測定時間は特定しなかった.年ごとの身長の平均値と標準偏差を求めた.また,男女生存状況別に年齢と身長の変化の回帰式をもとめ,共分散分析により傾きの差を検討した.有意水準は5%とした.
(結果)
対象者の約80%に,高血圧・糖尿病などの健康障害がみられた.新潟調査において,70から80歳までの身長の変化は,90歳まで生存した(A群)男性20名で0.09±0.10 cm/年の減少,女性31名で年間0.16±0.09 cm/年の減少であった.90歳までに死亡が確認された(B群)男性88名は0.12±0.12 cm/年の減少,女性62名で0.22±0.15 cm/年の減少であった.10年間の身長変化の回帰式の傾きは,群間(P=0.047)と女性の群別(P=0.023)に有意差がみられた.千葉調査において80歳までの調査期間中の身長の減少と生存状況は,男性生存群8名は0.37±0.44 cm/年の減少,死亡群3名は0.35±0.01 cm/年の減少,女性生存群13名は0.40±0.34 cm/年の減少,死亡群2名は0.55±0.03 cm/年の減少であった.
(考察)
新潟調査と千葉調査では10年間の身長の減少率は異なったが,いずれも女性において生命予後と身長の減少との間に有意な関係がみられた.70歳からの10年間の身長の変化は90歳までの生命予後に影響することが示唆された.身長を減少させない,姿勢を意識させることの有効性について検証を重ねる必要がある.
(倫理規定)
本研究は千葉県立保健医療大学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号 2023-7).
(研究成果の公表)
ACSM 2024 Annual Meeting 2024.5.26. Boston