文化資源学
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論文
近代日本の記念碑再考――鉄筋コンクリートの観点から
坂口 英伸
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2017 年 15 巻 p. 1-19

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抄録

本論では鉄筋コンクリートの観点から、近代日本の記念碑研究に検討を加える。従来の記念碑研究が銅像を中心とした建設背景や制作者の分析であるのに対し、本研究は鉄筋コンクリートという構造と素材に主眼を置き、近代日本における鉄筋コンクリート造の記念碑の誕生と発展を論じる。記念碑制作の担い手である彫刻家と建築家の関係に着目すると、鉄筋コンクリート造の記念碑が登場する道筋が明瞭となる。記念碑への鉄筋コンクリートの導入者は、西洋建築を学んだ建築家である。その応用の背景には、日清・日露戦争による大量の戦死者の存在があった。鉄筋コンクリート造の記念碑の誕生期にあたる明治40年代、碑文を刻んだ平らな一枚岩を垂直に立てる従来の伝統的な記念碑に加え、戦死者の遺骨や霊名簿などの奉納が可能な内部空間を有する記念碑が必要とされた。内側に空洞をもつ複雑な形態の記念碑の建造には、専門知識と実用に秀でた建築家の関与が欠かせなかったのである。一方で彫刻家もコンクリートを率先して作品に摂取した。硬軟自在なコンクリートは、新たな美術素材として彫刻家の間に浸透、彫刻家は積極的に建築へ接近した。1926(大正15)年、彫刻と建築との融合を目指す彫刻家団体として構造社が誕生。設立者の日名子実三は、建築家・南省吾の監修のもとで《八紘之基柱》を設計、その総高約37mは1940(昭和15)年当時の日本で最大規模を誇った。鉄筋コンクリートという堅牢な構造の採用により、日本の記念碑はかつてないモニュメンタリティを獲得したのである。記念碑は記念事項の将来への伝達を目的に作られる。顕彰すべき事跡の長期的保持は、記念碑の物理的堅牢性に結び付く。記念事項をより長く伝えるためには、より強固な素材と構造が必要である。鉄筋コンクリート(Reinforced Concrete)は、文字通り「補強(reinforced)」を目的とした堅固な素材であり、記念碑の存続を維持するには最適の材料である。記念碑の構造に鉄筋コンクリートが採用された理由は、記念事項の永続性へ対する欲求にあったと結論づけられよう。

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