本稿は、近代化の過程における化粧を、生活のなかの「芸術(アート)」と捉えた男性美容家 藤波芙蓉を取り上げ、暮らしのなかで試みられる化粧について検討することを目的とする。
化粧を生活のなかの「芸術」と捉えた芙蓉の主張とは、何を意味し、どのように評価され、暮らしのなかで実践する化粧行為として、受け止められていたのかについて、同時期に活躍した美容家との相違を含めて考察を試みる。
まず、芙蓉の立ち位置を確認することを目的に、美容家とメディアの関係性について考察した。次に芙蓉の経歴を確認した上で、著書を手がかりに、芙蓉が提唱する視座について整理を図った。そして、芙蓉が手がけた美容相談記事を取り上げ、芙蓉と読者のやり取りを踏まえて、芙蓉が果たした役割について分析した。
化粧を生活のなかの「芸術」と捉える芙蓉は、同時代に活躍した他の美容家とは、志を含め大きく異なる存在であること、また、自らの信念を「化粧道」として説く真髄とは、西洋の美顔理容術を自らの肌で実験した上で、日本人の肌に適合すると判断した「化粧術」、加えて、家庭において自製する「化粧品の調製法」を軸に構成されるものであった。
習慣化の側面を携えた地道な「芸術」は、女性たちが自分の身体に関心を向け、日々の生活の連続性をもって、本来の身体に戻す所作であった。そのような意味でも、生活のなかの「芸術」としての化粧とは、その場しのぎの技ではなく、人生美を紡いでいく道、「化粧道」でなくてはならなかった。
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