芸術工学会誌
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芸術工学会誌69号
14~15世紀のトスカーナの画家達による 受胎告知画における 絵画空間の構成についての研究
天使とマリアの「あいだ」
寺門 孝之
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2015 年 69 巻 p. 122-129

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抄録

本研究は、14~15 世紀のトスカーナ地方の画家達によって制作された受胎告知画において、視覚的に表出された天使像が諸々の形象群とともに構成する絵画空間の在り様を解明し、その変容を分析することから、そこに天使の果たした役割を明らかとすることを目的としている。  筆者の究極の目的は、絵画表現における天使とは何か、なぜ人間は天使を存在させたのかを考察し、時代を超えた天使像を提示することにある。  キリスト教美術は、数多の天使像を視覚的に表出して来たが、受胎告知画はキリスト教の起点ともいえる主題を視覚化しようとするものである。受胎告知画が多く描かれたのは、ルネサンス初期から中期(14~15 世紀)の中部イタリア、トスカーナ地方であり、フラ・アンジェリコをはじめとする当地の画家達による作品群は現在においても、天使の視覚イメージを代表している。  本研究では、これらのトスカーナ地方の画家による作品群を中心に抽出した、144 点の受胎告知画を対象に比較分析を行なった。  その考察の結果明らかとした事は、①天使とマリアが同一地平上に向かい合い、線対称的に表出されるものが圧倒的に多く、その対称軸は、本来、受胎告知場面が描かれた場所が、教義的内容との連関から「門」「扉」であったことの残像を成す。②天使とマリアとに挟まれる領域に「門」「扉」としての「開き」が潜勢し、その二者の「あいだ」が、絵を見る者(視者)に意識化され、そこに、天使とマリアが交わす言葉の「文字列」、受胎の成就、救世主の到来としての「柱」、彼方へと導く「小径」、眼差しの前進を遮る「扉」といった形象が、互いに置換―補完し合うように生起して来る。③これら形象が視者に「遠/ 近」「見通せる/ 見通せない」の対立的な見え方を意識させることにより、絵画空間において「奥行き」方向が強調され、いわゆるルネサンス遠近法的三次元性が優勢的となって行く。④その過程における天使の役割とは、マリアと向かい合い、対称を成すことによって強調される「水平―垂直の軸線」に対し、天使がマリアに示すささやかな所作によって生み出す「斜線」が、絵画内に運動性・回転性を生起させ、視者の眼差しを絵画内へ誘導し、空間のみならず時間的な「前進」をも促すことであり、絵を視る者に絵の奥行き方向の「彼方」へ誘うことである。  今後の展開は、以上4 点の研究成果をふまえ、14~16 世紀の天使の飛翔表現から見た絵画空間の構成と、天使の役割について調査研究を行う予定である。

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