道南医学会ジャーナル
Online ISSN : 2433-667X
腹膜垂炎5例の検討
小澤 健人古川 滋鈴江 瞬太常盤 孝介惠良田 万由子平山 大輔須藤 豪太井上 宏之笠原 薫小林 寿久矢和田 敦
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2025 年 8 巻 1 号 p. 33-36

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Abstract

【要旨】腹膜垂炎は急性腹症として受診する疾患群のうち、保存的加療にて抗生剤も必要とせずに軽快する予後良好な疾患の一つである。今回は今年度に当院にて腹膜垂炎と診断された5例に関して報告する。【症例呈示】①50歳代、男性。左下腹部痛を主訴に近医受診し、当院紹介となった。発熱はなく、腹部は軽度膨満、左下腹部に圧痛を認めた。腹部CTを撮像し、腹膜垂炎の診断で外来治療となった。外来点滴と解熱鎮痛剤の処方にて7日間で軽快した。②50歳代、女性。左側腹部痛を主訴に近医受診し、憩室炎の疑いにて当院紹介となった。37.7度の発熱、左側腹部に軽度の圧痛と反跳痛を認めた。腹部CTを撮像し、腹膜垂炎の診断で外来治療となった。5日間の解熱鎮痛剤服用により軽快した。【全症例結果】2024年4月から2024年7月までに当院で腹膜垂炎と診断された症例を5例認めた。症例5例は男性4例、女性1例であり、年齢の中央値56歳(平均値49歳)であった。全ての症例において腹痛を認めた。CRPは最低値0.73mg/dL、最高値5.91mg/dLであり、CRPの中央値2.63mg/dL(平均値2.98mg/dL)であった。診断は全例腹部CTによって行い、治療は全て外来で行った。4例は解熱鎮痛剤のみで行い、1例に抗生剤を追加した。【考察】腹膜垂炎は虫垂炎や憩室炎との鑑別が困難となることがある。本疾患はエコー、CT、MRIといった画像所見から診断を確定することができるため、診断のためには本疾患を念頭において診療に臨むことが必要である。本疾患は入院加療も抗生剤も必要としないことの多い予後良好な疾患であり、画像検査にて鑑別を行うことで過不足のない医療を提供することができる。

第4回道南医学会医学研究奨励賞(研修医部門)

【要旨】

腹膜垂炎は急性腹症として受診する疾患群のうち、入院加療も抗生剤も必要とせずに軽快する予後良好な疾患である。虫垂炎や憩室炎との鑑別が困難となることがあるが、本疾患はエコー、CT、MRIといった画像所見から診断を確定することができるため、診断のためには本疾患を念頭において診療に臨むことが必要である。今回は令和6年度4月から9月までに当院で腹膜垂炎と診断された5例に関して報告する。

【はじめに】

腹膜垂炎は急性腹症として受診する疾患群のうち、保存的加療にて抗生剤も必要とせずに軽快する予後良好な疾患の一つである。今回は令和6年度に当院にて腹膜垂炎と診断された5例に関して報告する。

【対象と方法】

当院において令和6年度4月から9月までの6ヶ月間にCT検査によって腹膜垂炎と診断された5症例(表1)について検討を行った。

【症例呈示】

1)症例1

50歳代、男性。主訴、左下腹部痛。10年前にS状結腸穿孔に対し保存治療を行った既往があり、健康診断で脂質異常を指摘されていた。X-3日から腹部に違和感を自覚し、X-1日から左下腹部痛が出現した。左下腹部痛、腹部膨満感を主訴としてX日に近医を受診し当院に紹介された。身長158cm、体重64kgでBMI25.6、来院時に発熱はなかった。腹部は軽度膨満しており、左下腹部に圧痛を認め、反跳痛は認めなかった。血液検査ではCRP 1.10mEq/L、WBC 10.1×10^3/μLであった。CT検査で腹腔内左側の下行結腸近傍に脂肪織濃度の上昇を認めた。リング状の高吸収域を呈しており、腹膜垂炎を疑う所見であった(図1) 。臨床所見と画像検査所見から腹膜垂炎と診断した。外来点滴と解熱鎮痛剤を処方し7日間で軽快した。

2)症例2

50歳代、女性。主訴、左側腹部痛。既往歴に特記事項なし。X-3日に左側腹部痛を主訴として近医を受診し憩室炎を疑われX日当科に紹介となった。来院時37.7度の発熱を認めた。左側腹部に軽度の圧痛と反跳痛を認めた。血液検査ではCRP 4.17mEq/L、WBC 10.4×10^3/μLであった。CT検査でS状結腸周囲に脂肪混濁所見を伴うhyper attenuation ring signを認め、腹膜垂炎が示唆された(図2)。臨床所見と画像検査所見から腹膜垂炎と診断し、5日間の解熱鎮痛剤内服により軽快した。

【考察】

腹膜垂は直腸を除いた大腸漿膜表面に隣接して存在し、腹腔内に突出する脂肪組織であり、成人では50〜100個の腹膜垂が存在する1) 。通常の腹膜垂は周囲の腹膜や大網と同じ濃度であるためCTでは描出されず、腹水や炎症が存在する際には輪郭が描出されることがある2) 。自由結腸ヒモに沿って通常2列、大きさは0.5〜5.0cmで平均3.0cmであり、その正確な役割について詳細不明であるが、腸蠕動時の保護緩衝作用としての働きや大網同様の局所の炎症防御作用、さらにはエネルギー消費に対する脂肪貯蔵の役割も担っているとされている3)

腹膜垂炎はDockertyらによって報告された、腹膜垂に炎症を起こした状態の総称である3) 。腹膜垂炎の原因には血行障害型(原発性腹膜垂炎)と非血行障害型(続発性腹膜垂炎)の二つがある4)5) 。血行障害型は腹膜垂が捻転や栄養血管の血栓による梗塞、または直接圧迫による循環障害によって腹膜垂炎になったものとされている。詳細な原因は不明であるが、腹膜垂の基部が細く捻転しやすく、体重増加(腹膜垂の脂肪量の増加)に伴って発症しやすくなると考えられ、本邦ではこの型が圧倒的に多く、その多くが肥満体型者である6) 。非血行障害型は憩室炎、虫垂炎、膵炎、胆嚢炎などの周囲組織の細菌感染が腹膜垂に波及し炎症を起こしたもので、原因疾患が不明なことも多く、本邦においては腹膜垂炎として取り扱われている7)

腹膜垂炎は全結腸に生じ、岩﨑ら8) は上行結腸26例(38.8%)、続いてS状結腸23例(34.3%)、横行結腸6例(9.0%)盲腸6例(9.0%)、下行結腸5例(7.5%)、虫垂1例(1.5%)の順に多く認められたと報告している。自験例ではS状結腸2例、下行結腸2例、上行結腸1例であり、左結腸に多い傾向にあった。また、好発年齢は40〜50歳台で発症することが多く、1.5倍程度男性に多い傾向があるとされている。血液検査では特徴的な所見を認めず、炎症反応も正常または軽度上昇であることが多く、憩室炎と比較すると炎症所見に乏しいことが特徴であり、腹膜刺激徴候を認めないことが多いと報告されている8)

自験例(表1)でも報告と同様に平均年齢49.6歳(中央値56歳)と比較的若年で発症している。これは憩室炎と比較して若いと考えられ、鑑別を行う際の重要な観点であると考える。ほか当院での5症例の特徴として、男女比については男性4例、女性1例と男性に多かった。腹膜刺激徴候は認めないことが多いとされていたが、5例中1例に腹膜刺激徴候を認めた。血液検査では自験例でもWBCは4.2〜10.4×10^3/μL(中央値9.2×10^3/μL)と正常範囲から軽度上昇に収まった。炎症反応も0.04〜5.91mEq/L(中央値1.10mEq/L)であり正常範囲から軽度上昇を認めた。

鑑別疾患としては憩室炎、虫垂炎などが挙げられ、憩室炎を疑った患者の2.3〜7.1%、急性虫垂炎を疑った患者の0.3〜1%が原発性腹膜垂炎であったと報告されており8)9)、急性腹症として来院する患者の診断として診断に難渋する疾患の一つと考えられる。憩室炎や虫垂炎、腸間膜脂肪織炎、他にも婦人科疾患など急性腹症を呈する疾患と腹膜垂炎は、後述する画像診断で鑑別が可能である。

腹膜垂炎はCT検査や超音波検査などの画像検査により診断が可能であり、特にCT検査は感度・特異度ともに高く、本疾患の診断に有用である。当院で診断された腹膜垂炎も確定診断は全てCT検査の結果から行われた。CT検査における典型的な所見としては、結腸に隣接した部位に卵円形の脂肪濃度の腫瘤を認め、その辺縁にリング状の高吸収な層を認めるhyper attenuation ring sign がある6) 。自験例の症例1(図1)では典型的なhyper attenuation ring signを認めた。

USにおける典型的な所見としては、最大圧痛部に一致する圧迫による変形性のないリング状の低エコー帯に縁取られた卵円形の高エコー腫瘤がある5) 。この高エコー腫瘤を縁取るリング状の低エコー帯は、炎症性に肥厚した腹膜垂の漿膜、臓側腹膜であると考えられている10)

原発性腹膜垂炎はほとんどの症例で約10日以内に経口抗炎症薬で症状が軽快し、入院加療や抗菌薬投与は必要ないとされている9) 。これに対し続発性腹膜垂炎の場合は、原因疾患の治療のため、抗菌薬の投与などが必要になると考えられる。

画像検査、特にCT検査での所見は特徴的であり、虫垂炎や憩室炎との鑑別は可能である。画像検査を行い診断を行うことができれば、侵襲的な行為を含む医療を提供することなく診療を行うことができると考える。腹痛を訴える患者で急性胃腸炎や憩室炎、虫垂炎などを疑われ入院加療や抗生剤の投与を行われた症例の中に腹膜垂炎であった症例が隠れていたことも考えられる。不必要な入院や抗菌薬の投与を避けるためにも診療の際には本疾患を念頭において鑑別を行うことが必要であると考える。

【結語】

CTで腹膜垂炎と診断された5例について検討を行った。腹膜垂炎は入院を要さずに軽快する予後良好な疾患である。鑑別が困難な場合もあるが、CTやエコー検査を行うことで特徴的な所見が得られれば診断が可能であり、診断を行うことができれば抗生剤を含めた不必要な医療を提供する必要がなくなる。急性腹症の診断においては本疾患も念頭においた上で診療に臨むことが必要である。

【利益相反】

本論文内容に関する著者の利益相反なし

表1. 令和6年度4月から9月までに当院で腹膜垂炎と診断された5例

表1. 令和6年度4月から9月までに当院で腹膜垂炎と診断された5例

図1. 症例1のCT画像

腹腔内左側の下行結腸近傍に脂肪織濃度の上昇を認めた

リング状の高吸収域を呈しており、腹膜垂炎を疑う所見

図1. 症例1のCT画像

腹腔内左側の下行結腸近傍に脂肪織濃度の上昇を認めた

リング状の高吸収域を呈しており、腹膜垂炎を疑う所見

図2. 症例2のCT画像

S状結腸周囲に脂肪混濁所見を伴うhyper attenuation ring signを認めた

図2. 症例2のCT画像

S状結腸周囲に脂肪混濁所見を伴うhyper attenuation ring signを認めた

【参考文献】
 
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