抄録
里山の自然は,人為の介入によって培われてきた二次的な自然であり,それを保全するためには,適正な人間の働きかけが不可欠である.小型コイ科魚類シナイモツゴPseudorasbora pumila は,里山のため池でしか見ることのできない絶滅危惧種(IA 類)である.本研究では,シナイモツゴ生息地のある長野県の里山において,地域住民 549 世帯に対しアンケート調査を実施し,「シナイモツゴの生息する里山」の価値を仮想市場法により評価するともに,地域住民の里山保全に対する価値観に影響を及ぼす要因について考察した.仮想の寄付に対して賛成の意向を示す回答者は,反対を大きく上回り,保全キーワードの認知度が高い回答者ほど,シナイモツゴの生息するため池に対して高い価値を見出した.地域住民はため池に対し農業用水としての従来の直接的な利用価値だけではなく,シナイモツゴの生息地保全に通ずる存在価値や遺産価値を見出していることが強く示唆された.一方,500 近くあるため池の 4 割以上がすでに放棄されていると推定され,ため池のある環境を次世代に残したいという気持ちを強く心に抱きながらも,遺棄せざるを得ない厳しい現状のあることが浮き彫りとなった.里山の多様な生態系サービスならびに中山間地が荒廃していく現状について一般市民と問題意識を共有する主流化は,地域の枠組みを超えて里山の生き物の保全を推進するうえで,今後一層重要な課題になっていくと考えられる.