ある生態系における生物多様性の喪失過程を理解することは,その生態系の回復とそこに至る具体策の明確化に役立つ.本研究では,レッドデータブックに記載された淡水・汽水魚類の地域絶滅に関する情報を取りまとめることで,日本各地における生物多様性の喪失過程を,過去 100 年間にあった社会的,生態学的背景に着目しながら検討した.環境省および 47 都道府県が発行した最新のレッドデータブックに記載された種・分類群について,それらの説明文の中から都道府県単位または水系・湖沼・市町村・地区単位での絶滅,または絶滅を強く示唆する記述を収集し,記載がある場合は絶滅年代を十年紀ごとに取りまとめた.合計 162 例の地域絶滅に関する記述のうち,84.0%で絶滅年代が特定され,そのうち 55.9%で最後の記録が 1970 年代以前となっていた.絶滅要因は生息環境の劣化(46.5%)を報告している事例が最も多く,次いで国外外来種との競合・捕食(12.7%),海との分断(7.9%)が多かった.十年紀ごとにまとめると,1930 年代には生息環境の劣化が大部分を占めていたが,1940 年代は海との分断が 25.0%を占め,1950 年代には外来近縁種・亜種との競合・交雑が 23.1%を占めていた.1960 年代以降は絶滅要因が多様化し,農薬散布が 1960-1970 年代に,観賞魚としての過剰な採集が1960-2000 年代に報告された.国外外来種による絶滅事例の割合は 1960 年代から増加し,1990 年代以降の全事例の 21.9%を占めていた.絶滅事例数は日本が高度経済成長期にあった 1970 年代にピークとなり,この時期に大規模な生物多様性喪失が生じたことが示唆された.1980 年代以降,この傾向は多少鈍化したが国外外来種の影響などは現在も続いており,生物多様性の維持回復のための対策強化は,なお喫緊の課題といえる.