2021 年 108 巻 p. 87-107
本稿は,日本における比較教育学研究の動向を手がかりとしつつ,アジアの教育に関する研究を展開する意義や可能性について考えようとするものである。アジア諸国は,それぞれ独自の歴史や伝統を有するとともに,国民国家を形成する過程で欧米由来の制度を外部から取り入れ,それを自らの社会にあうように調整してきたり,新たな制度を作りだしたりしてきた。そうしたアジアの国や社会における教育制度や教育現象を当該社会の文脈にそって全体的に把握するとともに,他の国や社会との比較やグローバルな視点からの検討を行うことを通じて,教育のあり方を考えるうえでより多くの,多様な手がかりが得られるようになる。その際,欧米社会を基礎にして組み立てられた理論を比較の作業に組み込んだり,一つの国や社会,地域の教育制度や教育現象を対象とした,当該国を含む複数国の研究者からなる国際共同研究を組織したりして,比較のための複数の視点を確保することで,教育事象をより総合的に理解することができるようになる。他方で,比較の前提として,対象とする国や社会と自らとの関係をどのように措定するのか,また国としての一体性やアジアとしての共通性(類似性)をどのように認識するのかについてはより自覚的であることが求められる。