教育社会学研究
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特集
  • 中村 高康, 苅谷 剛彦, 多喜 弘文, 有海 拓巳
    2023 年 112 巻 p. 5-29
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     この論文は,実際にコロナ禍で実施された文部科学省委託調査の実施過程とその研究成果を事例として,教育社会学の実証研究が政策過程とかかわりうる可能性を論じるものである。その際に一つのレファレンスとするのは,政策分野においてこの20〜30年間ほどで使われ出したEBPM(evidence based policy making)である。しかし,先行して議論されてきた欧米ではEBPM にはすでに様々な批判もなされてきた。そして,このような批判を背景に,研究知の利用(knowledge use)の可能性を,厳密な因果関係を重視するEBPMよりも緩やかにとらえ直そうという議論が始まっている。この論文でもEBPMを緩やかにとらえ直すEIPM(evidence informed policy making)のあり方を議論する。

     具体的には,そうした政策調査の実践と考察の中から私たちの間で共有されてきた3つの論点,①エビデンス形成における研究者の役割,②効果の異質性への着目,③探索的エビデンス収集の意義,を提示していく。そのうえで,厳密な因果推論のみを重視するEBPMではなく,さまざまな研究知を政策に生かしうるEIPM―とりわけ相互学習の過程を組み込んだEIPM―を志向する研究の可能性を示す。

  • ―コロナ感染拡大期の学校における意思決定に着目して―
    伊勢本 大, 白松 賢, 梅田 崇広, 藤村 晃成
    2023 年 112 巻 p. 31-51
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     本研究は,〈withコロナ期〉における教育者のナラティヴに着目し,専門職としての教師の資本や学校の組織特性の問題について議論することを目的としている。

     COVID-19の感染拡大以降,日本国内でも,様々な教育不安の噴出により多くの議論が進められてきた。その中で生成されることとなったナラティヴとは,学校の生活に大きな拘束力を有してきた一方で,多様な文脈を通して多元的に方向付けられるものでもあった。本研究ではこの点に着目し,COVID-19に関する語りにアクセスすることで,日本の教師が置かれている仕事や生活上の特質と課題を描写する。

     分析結果は次の3点である。第1に,教師の意思決定資本に潜む「訓練された無能力」の蓄積である。インタビューからは,政府や行政の主導権をうまく利用し,学校全体で「上から言われること」を遂行しようとしていた教師の実践が示唆された。第2に,意思決定資本に潜む「ナラティヴ資本」の活用である。ナラティヴの統合的な「屈折」を利用する「ナラティヴ資本」から,学校の変革を生み出す可能性が見出された。第3に,〈子ども視点〉を欠如した意思決定資本の課題である。既存の不登校支援の枠組みに子どもを当てはめざるを得ない学校の特性が浮かび上がった。

     以上から,学校教育が本来もっていた固有な物語の拘束性をめぐり,変革に向かうことが困難な専門職としての資本の問題を明らかにした。

  • ―仕事・家族・差別に注目して―
    坪田 光平, 清水 睦美, 児島 明
    2023 年 112 巻 p. 53-76
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,日本の移民第二世代がコロナ禍をどのように経験しているのかという問いを「仕事・家族・差別」という三つの側面から明らかにすることである。分析に用いたのは,主にコロナ禍以前にアクセスした調査対象者に対する追跡のインタビュー調査(54名)である。その際,コロナ禍で経験された困難や葛藤だけでなく,それを乗り越えるための対処戦略にも留意した分析を行った。本稿で得られた知見は以下の通りである。

     まず,コロナ禍は非正規雇用やエッセンシャルワーク職に従事する移民第二世代を中心に,収入減や精神的負担,感染不安をも招いていたことが確認された。また,コロナ禍の影響は移民第一世代にも及んでおり,特に日本語に不自由な移民第一世代ほど健康・情報・経済面での不利を乗り越えようと移民第二世代に重いケア役割を向けていることが明らかになった。その一方,移民第二世代は「感染源」とみなされるなど職業生活の内外にわたって差別を経験しており,コロナ禍を契機にヴァルネラビリティが増大していく様相も示された。

     しかし,移民第二世代は自らのエスニック・アイデンティティと密接な関わりがある言語資源,情報資源,さらに国内外にわたるネットワーク資源を動員することによって,コロナ禍の困難や葛藤に対処していた。今後,移民第二世代の経験を捉えるさらなる調査研究に加え,動員される資源についても多角的な分析が求められるだろう。

  • ―令和3年度文部科学省全国学力・学習状況調査の分析から―
    中西 啓喜
    2023 年 112 巻 p. 77-96
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     Covid-19による学校臨時休業は,子ども達の学力にどのような影響を与えたのだろうか。学校臨時休業によって,学校に通えば獲得されたはずのスキルが失われることをラーニング・ロスと呼ぶ。本稿では,令和3年度に実施された全国学力・学習状況調査の個票データの分析から,学校臨時休業が学力に及ぼすラーニング・ロスについて実証的に分析した。

     日本における既存の研究では,学校の社会経済的背景(Socio-Economic Status:SES),臨時休業期間の長さ,学力・正答率の三者間には,学校SESが低い学校ほど平均正答率が低い傾向が指摘されている。しかし,既存の研究が学校を単位とした分析に留まっている。

     本稿では,児童生徒・学校・都道府県の3レベル階層的データを分析し,得られた知見は次の通りである。第一に,学校臨時休業が学力に与える影響については,小学6年生では負の影響が示唆され,中学3年生では観測されなかった。第二に,小6を対象として,臨時休業期間(学校レベル要因)と児童SES(児童レベル要因)のクロスレベル交互作用効果を検討した結果,概ね臨時休業が60日以上で児童の高SESと低SESとの間には交互作用効果が観測された。低学年かつ低SESの子についてラーニング・ロスの傾向が見られたことは海外の選考研究と整合的であった。

  • ―コロナ禍における高等専修学校の事例研究―
    伊藤 秀樹
    2023 年 112 巻 p. 97-118
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     本研究では,ある高等専修学校を事例として,コロナ禍における学校行事の中止・縮小が教師に何を気づかせたのかについて検討することを目的とした。事例の高等専修学校の教師たちは,学校行事の中で生徒が豊かな経験が得られるようにさまざまな工夫を凝らしてきた。こうした事例を研究対象にすることには,教師が学校行事を重要視し積極的に関与する課題集中校に生じた一つの姿と,そうした研究対象だからこそ浮かび上がる学校行事の今後の発展可能性を描き出せるという意義がある。

     ベテラン教師3名へのインタビューからは,学校行事の中止・縮小によって生徒にさまざまな経験の喪失や不足が起き,それによって生徒の様子が例年の「あるべき姿」に達しなかったという認識が見出せた。それらの語りからは,教師たちが学校行事に対して,経験を通して生徒の多面的な成長を促す重要な機会であるという意義を再確認していることが示唆された。一方で,教師たちは予期せぬ収穫として,生徒たちが経験の喪失・不足があるにもかかわらず,事前準備の取り組みや生徒間での関係構築に自主性や主体性を発揮している姿を見出していた。これらの知見からは,教師の精緻なデザインと生徒の自主性・主体性への信頼を組み合わせながら生徒の多面的な経験と成長を支えていくという,学校行事の今後の発展可能性を導き出すことができる。

  • 福留 東土
    2023 年 112 巻 p. 119-144
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     本稿は,COVID-19パンデミックによってアメリカ合衆国の大学がいかなる影響を受けたのかについて考察する。アメリカの大学は,先進諸国の中で最も甚大で多方面にわたる影響を受け,パンデミックは歴史的転換点と言えるインパクトを残した。アメリカの大学は多様な機会を捉えて大学システム内外に市場を創出し,それらを巧みに組み合わせつつ,質を伴った教育・研究・サービスという価値を創造するべく,資源を拡大させてきた。人々の社会的接触が絶たれる中で,それら一連の市場機能が一斉に不利な方向に振れたことが他国に類を見ない大規模なダメージをもたらした最大の要因ではないかというのが本稿の仮説である。また,コロナ禍で各国が受けた影響の違いをみることで,各国の高等教育システムの特質が透けて見える点も,コロナ禍がもたらした副産物である。大学進学を巡る市場において,アメリカでは入学志願者が,いつ大学に入学するかについて選択肢を行使しうることが,入学者減少の一因となった。翻って日本では学生数の減少は起きなかったが,その背後には,入学者市場の安定性が,大学志願者の選択を固定化させる社会的条件によって下支えされていることがみえてきた。日本においてコロナ禍がもたらした最大の変化はオンライン教育の普及であると言われる。しかし,社会的危機という同じ環境に置かれた他国の情勢と対比させることで,それとは異なる高等教育システムの根本的課題がみえてくる。

論稿
  • ―小学校における農業体験学習を事例として―
    渡邉 綾
    2023 年 112 巻 p. 147-168
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,小学校における農業体験学習を事例に,〈教育〉言説(pedagogic discourse, Bernstein 1990, pp.183-184)の観点から農業の体験がどのように学校教育に適する正統な教育実践として組織されるかを検討することである。

     現在,日本の農業は衰退する一方で,学校教育の一環として農業を体験する農業体験学習は特に小学校で普及しており,農業の教育的な価値は広く認められている。しかし,就農需要の少なさや農業体験学習が教育課程上必修でない点を踏まえれば,農業・農村の教育的な価値を支える論理は就業構造などの社会状況の変化や教育政策の動向といったマクロな言説からでは十分に説明できない。本稿では,〈教育〉言説の観点を導入し,マクロな支配的言説の分析だけでは十分に説明できない,教育実践の組織化過程での正統化や価値づけを言説の「伝達−獲得」の社会的文脈への再編過程として描き出そうとするものである。

     本稿では農業体験学習のフィールドワーク,参加する教員・協力農業者のインタビューを実施し,〈教育〉言説を構成する規制言説と教授言説から分析した。その結果,子どもの生活・社会認識の再編成を規制言説とし,実践場面では 1)手作業, 2)農業の連続性の強調, 3)農業技術習得でも遊びでもない農作業の重視という教授言説が見られた。規制言説のもと,農業体験学習は現代の機械農業,一時的なイベント,農業技術習得,遊びと差別化され,学校教育独自の正統性が付与された教育実践として組織化されていた。

  • ―入学定員充足率の時系列データを用いた再検討―
    松宮 慎治, 中尾 走, 樊 怡舟
    2023 年 112 巻 p. 169-190
    発行日: 2023/07/20
    公開日: 2025/02/01
    ジャーナル フリー

     本稿では,私立大学における入学定員充足率の変化を追うことで,定員管理厳格化政策のねらいであった地方分散の趨勢を再検討した。具体的には,3大都市圏と非3大都市圏に潜在する多様な動向を,厳格化政策前後の機関単位の時系列データを用いた類型化により明らかにし,それらがどのような大学で生じたかを探った。分析から得られた示唆は4点である。第1に,政策は都市圏の低偏差値・小規模大学を救済した可能性がある。第2に,政策は非都市圏の大・中規模大学の定員抑制にも働く。第3に,非都市圏の辺地に所在するほど,入学定員充足率が一貫して下がり続ける傾向にある。第4に,定員抑制によって生まれた超過需要は,非都市圏において,都市圏の大学からの距離が近いほど多くもたらされる。以上より,厳格化政策は地方の辺地の大学にいたるまで“均等に”入学定員充足率を改善したのではなく,都市ないし都市に近い地方の大学を中心に恩恵をもたらしたのではないかと考察できる。つまり,先行研究で観察された定員管理厳格化政策の奏功は,地方の辺地までを底上げするような「地方分散」ではなく,実質的には「都市圏の拡大」をもたらしていたと解釈できる。

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