教育社会学研究
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論稿
  • ―後期中等教育変容の一断面―
    内田 康弘, 神崎 真実, 土岐 玲奈, 濱沖 敢太郎
    2019 年 105 巻 p. 5-26
    発行日: 2019/11/30
    公開日: 2021/07/10
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,1990年代以降,高等学校通信制課程が増えてきたメカニズムを,その設置認可プロセスに着目しながら明らかにすることである。そのため,各学校の設置趣意書や私学審議会資料の収集,都道府県へのアンケート調査を通じてそのメカニズムの解明を試み,以下の3点が明らかとなった。
     第一に,通信制高校の設置を企図する各法人は,全日制高校に適合的でない生徒を受け入れる場としての通信制設置を設置趣意に掲げ,それは私学審議会において既設の高校と生徒層を競合しないと意義づけられ,その設置が認可されてきた。
     第二に,私立学校の設置認可行政において,通信制高校は特殊な位置づけにあった。具体的には,通信制高校を入学定員の調整対象から外す自治体が少なくなく,全日制・定時制高校とは異なる定員決定のプロセスがあった。
     第三に,2000年代以降の通信制高校増加に正の影響を及ぼした一つの制度的誘因として,通信教育規程改正による学校設置条件の弾力化があった。さらにその影響は,既設の学校法人および新規参入の法人等という,学校設置者の前身組織のタイプによって異なっていた。
     ここから,通信制高校増加を説明する主要な変数として「中退者の受け入れ」が位置づくことを検証し,後期中等教育の内部および周縁に位置づく教育機関のうち「中退者の受け入れ」を想定したアクターが通信制高校の運営に着手していく,後期中等教育変容メカニズムの一断面を描出した。

  • ―時間外の仕事に規範を結びつけて解釈すること―
    鈴木 雅博
    2019 年 105 巻 p. 27-47
    発行日: 2019/11/30
    公開日: 2021/07/10
    ジャーナル フリー

     教師が無境界的な仕事に献身的に取り組むことについては,熱心さを重視する文化や際限のないリスク管理を求める言説の作用,法制度の問題等によって説明されてきた。ただし,こうした説明は教師を文化・言説・制度に係る諸規範に従う受動的な存在として位置づけ,教師の実践が持つゆたかさを取り逃がしてしまうおそれがある。そこで本稿は,教師たちが時間外の仕事に規範を結びつけてそれとして解釈していく,あるいは解釈するように求めていく実践を明らかにすることを試みる。調査対象は,勤務時間短縮にともなって下校時刻の扱いをどうするかが話し合われた公立中学校での会議場面である。
     原案は「教師は部活動に懸ける子どもの思いに応えるべき」との規範を論拠に下校時刻繰上げを一部にとどめていたが,会議参与者は学習指導や生活指導,リスク管理に係る諸規範を下校時刻に結びつけることや,問題を「教育」ではなく「労働」の枠組みで捉えることで原案がもたらす時間外労働の増加を回避しようと試みていた。そこでは,諸規範の「正しさ」ではなく,どの規範や枠組みがその場にとってレリヴァント(適切)となるかが争われた。教師は単に規範に従うのではなく,しかも,労働者ではなく教師に結びつけられた,学習指導/生活指導/リスク管理という「子どものため」の指導規範を参照することで,勤務時間短縮という「果実」を不完全にではあれ取り戻していた。

  • ―Erving Goffmanの視点から―
    布川 由利
    2019 年 105 巻 p. 49-70
    発行日: 2019/11/30
    公開日: 2021/07/10
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,選抜・配分システムにおける「冷却」研究の新たな方針を提示することにある。特に本稿では,「冷却」の社会学的研究の端緒となったErving Goffmanの議論に立ち返ることで,人々が選抜・配分されるということがその当人たちによっていかに経験されるのかを,彼ら自身の理解を通して明らかにする研究の方向性を示す。
     Goffmanは,社会生活において人々が経験するある種の「失敗」を,個人が他者とのかかわりのなかで特定の役割や地位を持っていることを提示するのに失敗している状態として捉え,そしてその「失敗」を受け入れる過程を「冷却」としている。Goffman の観点に立てば,ある個人が獲得することを望んでいた/当然視していた役割や地位が,いかなる事実によってもはやその人のものではないことがわかるのか,そしてそれをどのように受け入れるかは,相互行為に参与する当人たちにとっての問題なのであり,よって「冷却」は本質的にその過程に参与する人々の理解からは切り離しえないものなのである。
     しかし「冷却」を主題とする教育社会学研究は,「冷却」を選抜・配分システムの秩序維持を説明するための道具として使用してしまうことで,多様な現象を取り逃している。本稿ではGoffmanによる議論の意義をあらためて確認し,また高校で行われた履修相談の会話データの分析を通して,選抜・配分の過程を経験する人々の理解のありように基づく「冷却」研究が可能であることを示す。

  • ―障害児による「再参入の手続き」を中心に―
    久保田 裕斗
    2019 年 105 巻 p. 71-91
    発行日: 2019/11/30
    公開日: 2021/07/10
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,インクルーシブ教育をこれまで積極的におこなってきた小学校を事例とし,障害児本人の意思に依拠した合理的配慮の構成過程を明らかにすることである。
     これまで,障害児自身の事後的な意思の表明を基軸とした個別的な配慮が対話的に構成される過程について,先行研究は十分に考察してこなかった。
     本稿はドロシー・E・スミスの「切り離し手続き」を分析の手がかりとしながら,ローカルなリアリティの構築プロセスから切断されようとする人物が,いかに現実の構成過程へと再参入していくのかという「再参入の手続き」について考察を試みた。
     本稿の事例において障害児は,自らに「見えない」という「能力の欠如」を帰属したり,他者からそれを帰属された際に「見えない」ことは「できないこと」でないと反論するなどして,場面の参与者を分節化する境界設定のせめぎ合いを演じつつ,その都度ごとに配慮の妥当性を提起し,場面への再参入を果たしていた。
     結論部では,ガート・ビースタの議論を参照し,健常児を主たる対象として想定してきた小学校の既存の秩序が変形する可能性について,「外側を起動力とした包摂」という視点から考察した。障害児への配慮を対話的なプロセスとして捉える視点は,障害児と健常児や教師との「コンフリクトへの自由」をひらき,「外側」の働きかけによって包摂のあり方を行為遂行的に拡張する契機となりうるものである。

  • ―「学歴不満による限定的加熱」メカニズム―
    須永 大智
    2019 年 105 巻 p. 93-114
    発行日: 2019/11/30
    公開日: 2021/07/10
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,個人の意思決定過程に焦点を当て,なぜ非大卒層内部に子どもに対する教育アスピレーションの高い親と低い親がいるのかを明らかにすることにある。近年の国内の先行研究では,教育機会の不平等が生じる過程において,親の教育アスピレーションが,進路選択に対する出身階層の効果(2次効果)をほとんど媒介していること,親の教育アスピレーションに対する出身階層の効果のうち,学歴の効果は直接的かつ相対的に大きな効果であることが指摘されてきた。しかし,多くの場合,学歴間の差異に焦点が当たり,非大卒層内部に親の教育アスピレーションの加熱/冷却がみられることは検討されてこなかった。そこで,非大卒親内部では自分の低い学歴に対して不満をもっているほど,子どもに大学進学を望むという仮説を立て,高校生以下の子どもをもつ日本の親を対象に検証を行った。
     分析の結果,(1)大卒親内部では自分の学歴に不満をもつかどうかにかかわらず,高い確率で子どもに大学進学を望むこと,(2)非大卒親内部では自分の学歴に不満をもつほど,子どもに大学進学を望むことが明らかとなった。さらに(3)自分の学歴に不満をもつ非大卒親は,大卒親と同程度の確率で子どもに進学を望んでいることが示された。以上の結果から,非大卒親内部に教育アスピレーションを大卒親と同程度まで加熱させる,「学歴不満による限定的加熱」メカニズムが作動していることが示された。

  • ―幼稚園年少級におけるルーティン活動の相互行為分析―
    粕谷 圭佑
    2019 年 105 巻 p. 115-135
    発行日: 2019/11/30
    公開日: 2021/07/10
    ジャーナル フリー

     本稿は,子どもが「なじんでいく」「まとまっていく」といった経験的事実を,「社会化」研究がいかにして捉えることができるのかを検討し,幼稚園に入園したばかりの園児がルーティン的活動に出会う「はじめの5日間」の相互行為がどのように組織化されているかを明らかにする。社会化は長きにわたって教育社会学のテーマであり続けてきたが,そこには,社会化という枠組みで現象を捉えることの問題と,社会化という枠組みを解除しようとしたがゆえの見落とし,という二重の問題性がある。こうした問題に対し,本稿は「社会化」概念を,子どもが「できるようになる」「なじむ」「まとまる」といった日常的な記述の上に重ねられた「二階の概念」として捉え,「社会化」過程の再特定化を試みる。この方針のもと,幼稚園年少級に入園して間もない園児たちが,幼稚園で園児がまとまりある活動を構成していく過程における相互行為がどのように組織化されているのかを分析した。分析の結果,保育者と園児の相互交渉のなかで,①前景化する課題が変化すること,②園児らの「エラー」と捉えられる行動に相互行為系列上の合理性があること,③場面の状況によりそれまで続けられた課題が後景化すること,が明らかになった。こうした知見から,本稿は,教育者と被教育者の交渉過程と子どもの相互行為能力に目を向ける必要性と,実践に拓かれた「社会化」研究の可能性を示唆した。

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