本稿の目的は,小学校における農業体験学習を事例に,〈教育〉言説(pedagogic discourse, Bernstein 1990, pp.183-184)の観点から農業の体験がどのように学校教育に適する正統な教育実践として組織されるかを検討することである。
現在,日本の農業は衰退する一方で,学校教育の一環として農業を体験する農業体験学習は特に小学校で普及しており,農業の教育的な価値は広く認められている。しかし,就農需要の少なさや農業体験学習が教育課程上必修でない点を踏まえれば,農業・農村の教育的な価値を支える論理は就業構造などの社会状況の変化や教育政策の動向といったマクロな言説からでは十分に説明できない。本稿では,〈教育〉言説の観点を導入し,マクロな支配的言説の分析だけでは十分に説明できない,教育実践の組織化過程での正統化や価値づけを言説の「伝達−獲得」の社会的文脈への再編過程として描き出そうとするものである。
本稿では農業体験学習のフィールドワーク,参加する教員・協力農業者のインタビューを実施し,〈教育〉言説を構成する規制言説と教授言説から分析した。その結果,子どもの生活・社会認識の再編成を規制言説とし,実践場面では 1)手作業, 2)農業の連続性の強調, 3)農業技術習得でも遊びでもない農作業の重視という教授言説が見られた。規制言説のもと,農業体験学習は現代の機械農業,一時的なイベント,農業技術習得,遊びと差別化され,学校教育独自の正統性が付与された教育実践として組織化されていた。
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